古楽器製作家の思うこと いろいろ

昔の楽器製作家がそうであったように、様々な楽器を製作しています。そうすると、いろんな楽器の事が良く分かってきます。特にモダンギターについて考えていることを書かせていただこうと、思っています。

材料 ① 表板

楽器の音を決める、最も大切な材料、表板について、材料としての面から書かせていただきます。
少し長くなりますので、お時間のある時にどうぞ。

ヴァイオリン、リュート、チェンバロ、ピアノなどの響板、表板は伝統的に松が使われていました。
ドイツ松、ドイツスプルース、ジャーマンスプルース、ドイツトウヒなどと呼ばれています。
(ドイツの私が取り寄せている楽器専門の材木屋さんは弦楽器の表板に使う材木は全てスプルースと呼んでいますので、混乱することがありますが、材質的にはドイツ松のことです)

なぜ、ドイツ松が使われているかというと、他の材料(スプルース、エゾ松、樅)に比べて、
ヤング係数が高く(ヤング係数とは簡単に言うと、粘り強さ、ばねの強さ、復元力です。材料に力を加えると、
変形します。その変形を元に戻そうとする力を、係数にしたものと言えます。)
これが、音色、音量、音の減衰に大きな影響があり、ヤング係数が高いと、特に減衰の時間が長く、
西洋音楽に必要な(特に多声音楽に)音の持続が長いのです。
そして、もっとも重要なことは、経年変化で伐採してから、250年で最も強度が出ると言われています。
そして、500年経った時に、伐採時の強度に戻ると言われいます。
300年以上経ったリュート、ギター、ヴァイオリンなども、すばらしい音と、音の立ち上がり、響きが豊かな楽器をたくさん見かけます。これも、ドイツ松を使っているからでしょう。

難点は、楽器になってから、鳴ってくるまで、時間がかかることです。
これも、私の方法ですが、30年以上寝かせた表板を、楽器にする数年前から必要な厚みの少し厚めに削って、
南側の窓にぶら下げて、(室内ですが)日光に当てています。
経年変化が少し早くなり、楽器になってから鳴ってくるまでが短いようです。

窓



モーツアルトが絶賛したフォルテピアノ(現代のピアノと違って、鉄骨が入っていなくて、
チェンバロに近い構造、音のピアノです)を作ったアンドレアス・シュタイナーについて、
モーツアルトの手紙の中にシュタイナーの作ったピアノの事、製作法が書かれています。
「彼は楽器に使う表板を外に出して、乾しておいて、日光、雨にもあてて、痛んだ箇所を取り除いて使っていた」と。このことを否定する人もいますが、ヨーロッパの気候だと、私もそうするかもしれません。

ヴァイオリンもホワイトヴァイオリンと言って、塗装前のヴァイオリンを長い間、日に乾して、
人によっては何年も?乾している人がいます。
私の友人のミッテンヴァルトに住んでいる、ヴァイオリン製作家は毎日の日課として、
魂柱用の丸棒と駒を譜面台にぶら下げて、天気の良い日は朝庭に出して、夕方取り込むと言うことを、
毎日していました。

リュートの製作家もローズ(ロゼッタ)を彫った後で、日光に当てて、乾していました。
リュートの場合は表板はほとんど塗装しないので、色をつけるための意味合いもありますが。
そして、最近ではチェンバロの製作家でも同じように日に当てている人がいるようです。
そして、ギターでも昔のスペインの製作家は、日に乾していたようです。
こうして作った楽器は演奏家が「初めて弾くのに、何十年か弾いるみたいだ」と言ってくれます。

・・・・ホセ・ルイス・ロマニリョス著 佐藤忠夫訳 「アントニオ・デ・トーレス」 ギター製作家―その生涯と作品 の90ページに「トーレスが響板をシーズニングしたり、さらに乾燥させるために直射日光に曝している」と書かれています。・・・・

私が材料を買うときは、材料の粘り、腰の強さを見ますが、使うときは厚さ、幅、長さから体積を出して、
重さを量って、比重を出して、軽いものから使っています。
同じ粘り、腰の強さだったら、乾燥の良く進んだ、軽い木のほうが、反応も早く、立ち上がりも良いので。
(個体差はありますので、すべて軽いものから選んでいるわけではありませんが)

ちなみに、私のヴァイオリンの仕事をしている友人は、長年干した駒を使う際は、
駒をガラスのテーブルの上に落として落として、その音を聞き、良く乾燥された、
反応の良いものから使っていました。見た目の材のよしあしとか、値段に関係なく、
音の良いものが、良い駒と言うことで、選んでいました。

ドイツ松に限らず、針葉樹は冬目に直角に製材すると、「ふ」と呼ばれる、模様と言うか、
線のようなものが出ます。音は、冬目(冬の間に育った針葉樹は、成長が遅いので、
しっかり硬い木目になります。これが、一般的に冬目と呼ばれています)の方向に走ります。
しかし、この「ふ」があると、冬目に直角方向にも音が広がることは、一般的に良く知られています。

UNI_0828.jpg


材料を買うとき、製作家は皆「ふ」「ふ」と言って、「ふ」の入った材料を探して買っています。
この「ふ」以外にも「とんびが飛んでる」とか、「フィフテ」とか言われている、
冬目に直角方向とか、斜めに大きな模様(冬目の材質に近い硬い材質ですが)がある材料もあります。
好みもありますが、私は音の広がりも、おもしろく、響きも独特のものがあり、
このような材料があればすぐに買います。


UNI_0829.jpg



少し話がそれますが、30年ほど前の話です。
ドイツに行ってお世話になった、ドイツ在住のギター製作家 佐藤一夫さんから連絡がありました。
(佐藤さんは ホセ・ルビオの工房で、ギターリュートを作っていました。
独立してドイツでギターを作られています)
「昔、沢山材料を買っていたが、自分では使わない表板を譲るが、いらないか?」と。
佐藤さんは、真っすぐ木目が走った表板しか使わないので、私の好きな「フィフテ」の入った板は
手放すだろうと思って、すぐに「欲しい」と連絡しました。
届くと、思ったとおり、私の好な板が沢山ありました。それも、何年も乾燥させた材料です。
でも、それから、さらに30年ほど寝かして、2010年に10弦ギターを作りました。

UNI_0831.jpg
かなり大きな「とんび」です。ギターではあまり見かけない木です。

でも、このような材料は場所によって、木の硬さや、腰の強さ、比重もかなり違いますので、
使うのは難しく、硬い部分が多いので、楽器になってから、鳴ってくるまで、少し時間がかかるようです。


材料としての、表板から話が少しそれた部分もありますが、もう少し表板について、
大事なことを書かせていただきます。
それは、昔の製材方法と現代の製材方法との違いです。
昔の製材方法は、大きな丸太を輪切りにして、大きな鉈のような物で、割って製材していました。
これに対して、現代の製材方法は、バンドソーのようなのこぎりで、
木の木目とか繊維に関係なく切って製材しています。
実際に楽器を作る際、表板を接ぐときに、一方は良いのですが、もう一方は逆目になって
削るのに苦労することがあります。

現代の製材方法で製材すると、上から見ると理想的な材料でも、横方向から見ると、
見てもわからないのですが、繊維が斜めに走っているのです。                      
表から見ると、木目は揃っているし、「ふ」も入っているし、良さそうに思うのですが、
繊維が斜めに切られているため、音が短い距離しか走らないのです。

極端に斜めになっているのは、少ないでしょうと言われそうですが、
あんなに真っ直ぐ成長しているドイツ松がなぜこんなに曲がって製材されるのか、
不思議なくらい真っ直ぐな材料は少ないです。
楽器になってからでも、光の当たる方向によって、
表板の左右で大きく反射や木目の違う楽器が多く見られますが、
このような楽器は(極端な場合ですが)音の広がりが、ほんの少し悪いようです。
木表、木裏で光の反射が違うので、簡単に判断は出来ませんが。

でも、現代の楽器では、ほとんどこのような材料を使って、楽器を作らざるを得ませんし、
音に対する影響は、他の要素に比べて非常に少ないので、気にしている人は少ないと思います。
ただ、昔の楽器と現代の楽器を比べた場合の違いの要素のひとつとして、
このようなことがあると知っていただいたほうが良いと思い書かせていただきました。

ドイツ松も、自然素材なので個体差が非常にありますので、
乾燥だけでなくもともとその木の持っている、素質のなかで良い物を選んでいますが。
選べるだけの良い材料を持っている、
集めることも製作家の仕事だと思います。


次に,シラタ(辺材)についてです。
このシラタについても、ぜんぜん気にしないで使っている製作家、演奏家、
そして、気にしているが、材料の関係で使っている製作家、
さらに進んで、シラタは使わない製作家、シラタが入っていると使わない演奏家など様々です。
辺材と書くこともあるように、木の一番外側です。
シラタにも個体差がありますが、心材に比べると、確かに柔らかく、虫が付くのはこのシラタです。
後で、述べる年輪の幅にも関係するのですが、
ギターのように表板の厚さがそんなに変わることがない楽器では、できれば使わないほうがよいかなと思います。シラタを使わない製作家は、シラタは死んだ部分だから、使わないと言われます。
ヴァイオリンのように、表板の中央部部分がかなり分厚く、端が薄い楽器だと、
シラタは比重も小さいので、厚くとっても、重くならない利点がありますが、
ギターは製作家によっても違いますが、
表板中央部の厚みが端より2ミリも3ミリも厚いギターはないでしょうから、
私は使わない方向で、考えています。


次に、年輪、特に冬目(冬は寒く、木の成長が遅いので、しっかりして、硬い冬目が出来ます)
の幅と言うか、太さそして、木目全体の細かさ,荒さです。
ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ・ダ・ガンバのように、表板がカーブしている、
擦弦楽器では、表板の中央部では、端よりかなり分厚く作ってあります。
これは、弦の振動を駒で受けて、なるべく大きい面積に音を伝えようとすると、
当然駒が載る部分は厚いほうが、より広い面積に音を伝えることが出来ます。
ただ、端まで分厚いと、ちょうどスピーカーでも、分かることなのですが、
端がしっかりしていると、表板は一部分しか振動してくれません。
端が薄くて、初めて中央部の大きな面積が鳴ってくれるのです。
こういう、擦弦楽器の構造が成り立ち、楽器として成立するのは、
端の冬目が太く、しっかりしているからです。

針葉樹の強度は、冬目で出ます。
一般的な、針葉樹では、中央部は成長が早く、年輪の幅も広いです。
この木をみかん割り(みかんを生っている状態で見ると、水平方向に切るとこのみかん割の状態になります。
ホールのケーキを8等分や16等分に切った状態と言うほうが分かりやすいでしょうか)して、
表板に使うと、中央部分が年輪が細かく、端が冬目がしっかりしていて、
(冬目の年輪の幅も広く)端を薄くしても楽器として成り立つのです。

これら、擦弦楽器に比べてギターはどうでしょうか?
同じように中央部が細かく、端が粗い木目だと、かなり端を薄くしないと、鳴らないと思われませんか?
私は端をかなり(特に低音部は)薄くしています。
逆に、表板を選ぶ場合、全体がほぼ同じ幅の冬目の材料を選ぶ場合もあります。
以前に書かせていただいたように、音は冬目に走ります。
これが、一般的に良く見られるギターのように、中央部が冬目の細かい、音を走らせにくい木目だと、楽器全体を鳴らすには不利だと私は考えています。
駒に伝わった振動をいかに表板、楽器全体に伝えるかと言うことを考えると、
もし冬目の細かい材料を中央部に持ってくるときは、中央部の厚みを厚くして、
バスバーも駒の下あたりを高くしています。
細かい材料は繊細な音がしてくれますし。どのような材料を使うかは、音作りで決まってはきますが、
後は、製作家の好み、演奏家の好みでしょうか。
ストラッドはアマティなどに比べて、冬目のしっかりした材料を使っています。
これが、ストラッドの音を作っているのでしょうか。また、寿命も長いですし。


そして、寿命の点から、経年変化の点から、杉、樅の木、
スプルース(アラスカ、シトカなど)は使いたくないと私は思っています。

以上長くなりましたが、お読みいただけましたでしょうか?


  1. 2012/01/10(火) 09:50:42|
  2. ギター
  3. | コメント:1
<<材料 ② 横板、裏板 | ホーム | ギターを製作するに際に考えておかないといけない要素。>>

コメント

はじめてコメントさせて頂きます。オハラと申します。
ブラジルの楽器であるビリンバウ(Berimbau)を旅行用サイズに小型化したく、素材の性質について調べているうちに平山様のこのページにたどり着きました。
貴重な情報を拝読させていただき御礼申し上げたくコメントさせて頂いた次第です。
ビリンバウの共鳴器はヒョウタンをくりぬき乾かして作成します。経年とともにビリンバウも音が変わるのかと想像するだけでわくわくしてきました。ブラジルのビリンバウ職人の方々にも「ふ」のような概念があるのか是非聞いてみたくなりました。
貴重な記事をありがとうございます。
  1. URL |
  2. 2014/05/15(木) 07:02:27 |
  3. オハラ #-
  4. [ 編集 ]

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プロフィール

kogakki

Author:kogakki
ヴィオラ・ダ・ガンバ、リュート、チェンバロ
と言った、古楽器を仕事として製作して
30年以上になりました。

最近はギターに興味を持っています。
最初に作った楽器は、ギターです。
昭和42年でした。 18歳の時です。

古楽器製作家 平山 照秋 

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