古楽器製作家の思うこと いろいろ

昔の楽器製作家がそうであったように、様々な楽器を製作しています。そうすると、いろんな楽器の事が良く分かってきます。特にモダンギターについて考えていることを書かせていただこうと、思っています。

坂本さん達の演奏が終わって、坂本さんの思いです。

坂本さんが、今回のツアーが終わって1週間後、フェイスブックにツアーについて書かれています。
フェイスブックを利用されていない方、また繋がっていない方のために、全文載せさせていただきました。
最初の堺では、多くの説明がありましたが、長すぎるということで後の演奏会は説明が短くなってしまいました。
いくらでも、話せば話すことが山のようにあったと思います。彼の考えが端的に書かれていますので、どうぞお読みください。



「De Missione Musicorum 音楽による宣教の旅」の日本ツアー終了から、ちょうど一週間が経ちました。
こちらでは普段このような長文は書かないのですが、せっかく良い機会かと思いますので、
今回の公演の総括をしたいと思います。

◆ヨーロッパ人の視点を取り入れることで、初めて可能になったこと
 これまで、留学前に日本で参加したいくつかの企画を含め、天正遣欧使節に関する演奏会は、
日本人の視点によるものが大半で、音楽面での研究結果も日本人による著作のみを参考にしているものが多い印象でした。
しかし、日本人のみでは調べられる資料の範囲には、おのずと限界があります。
そこで従来の「天正遣欧使節と音楽」のイメージを一度取り払うことにしました。
これまではメインとして取り上げられることがほとんどなかったにも関わらず、
使節の行路において非常に重要なポルトガルや、カタロニア地方の作品を盛り込むことができたのは、
現地の資料に強いヨーロッパ人の協力を得て初めて可能になったことです。
あるいは、同じラテン語の歌詞であっても、歌われた地域によって発音を変えるといったことも積極的に行いました。
 
◆「弾き語り」の実践の重要性 
 私もジョアンも、いわゆる正規の声楽の教育を受けた、プロの歌手ではありません。
当日の演奏を聴いて、器楽が多いかと期待していた方々へはやや申し訳なかったのですが、
その予想とのギャップが、実は私たちの意図していたことでした。
楽器を弾きつつ同時に歌うということは、16世紀当時においては必須の実践で、
天正使節が帰国後の秀吉の前での演奏の記録が物語るように、これは彼らが受けた教育そのものでありました。
ですから、私たちは何ら特別なことをしていたわけではありません!
器楽と声楽が教育の現場で分化していなかった時代、音楽を学ぶということは何より歌うこと、
それから楽器を弾くことで、この両者の間に壁は全くないのです。
今後弾き語りが、単なる「キワモノ」的扱いではなく、積極的に実践の対象になることを願っています。

◆日本では珍しい楽器の紹介
 今回バーゼルから持参した弓奏楽器のビウエラ・ダ・アルコは、16世紀のイベリアとイタリアにおける花形楽器で、
しかもキリシタン時代に実際に日本にももたらされた事実があるほど、非常に重要な楽器でありながら、
どういうわけか日本ではほとんど弾き手がいない状態です。
ですので、ある程度知名度があるビウエラ・ダ・マーノの方よりも、こちらをもっと知ってもらおうと努力しました。
その際、ビウエラ・ダ・アルコを「ヴィオラ・ダ・ガンバの前身楽器」という説明は、
奏法上の制約を招くためこれも注意して避けました。
むしろ、当時の流儀に従ってリュート風に楽器を斜めに構えたり、あるいは台の上に置いて立って弾いたりして、
構え方による音色の違いを楽しんでいただけるようにしました。
 また楽器に魂柱がないと知って、それでも非常に音が通るのでびっくりしたという意見を頂戴しましたが、
実はこの時代の弓奏楽器には、基本的に魂柱がありません。
弦楽器の基本に立ち戻り、ボディは木を刳り抜いただけ、弦はガットのみという、
いたってシンプルなつくりの楽器でも、十分表現力を持つということを感じていただけたかと思います。
また、鍵盤楽器に関しては、オルガンの4フィートの音域(通常よりも高い音域)を積極的に使い、
男声の伴奏に用いることをしました。

◆「ルネサンス音楽」のイメージの問い直し 
 これは今回の公演に限らず、私が漠然と抱いてきたテーマですが、
実は曲間の解説において、「ルネサンス音楽」という表現は極力避けました。
天正使節が見聞きした音楽は、16世紀後半の、ある限られた時期にイベリアとイタリアで演奏されていた、
生の音楽であったわけで、現代の我々から見た「ルネサンス音楽」という名前で一括できるものでは到底ありません。
ざっと挙げても、ポルトガルやスペインのビリャンシーコ、
宗教劇で歌われたエンサラーダ、ラテン語による荘厳な宗教曲、
社交の場で踊られた舞曲、目まぐるしい技巧を施した鍵盤曲、
町中で歓迎の意を込めて鳴り響いたファンファーレに至るまで、
16世紀という時代の音楽が、いかにバラエティに富んでいたかを、
天正使節の目と耳を通して皆さんにお伝えしたかったのです。
彼らの頭の中には、「素朴で、耳に心地よいルネサンスの音楽」とは決してうつらなかったはずで、
各地で見聞きした様々な音楽を、そのたびに新鮮な感動をもって受け止めたことでしょう。
これらを現代の皆さんに音として届けるためには、単に古い音楽でなく、
常にアクティヴでスリリングな音楽として鳴り響くようになくてはならないと、切に思います。
 
 ルネサンス音楽は、その演奏がはじまる以前に、イメージ先行のところがあり、
とりわけバロック以後の音楽との対比で語られると、その内容が一面的になったり、
ときによっては恣意的に歪曲されてしまう傾向にあります(そして、
よく見られる「中世・ルネサンス音楽」というネーミングにも、私自身は抵抗を感じます)。
後世の人々がつけたジャンル分けからくる印象に引きずられないで、
今この場所で、鳴り響いている音楽の新鮮さが重要・・そのことをいかに自然体で実現するかが、
こうした音楽を演奏する者にとって永遠のテーマでありつづけるでしょう。
  1. 2016/11/26(土) 18:04:48|
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kogakki

Author:kogakki
ヴィオラ・ダ・ガンバ、リュート、チェンバロ
と言った、古楽器を仕事として製作して
30年以上になりました。

最近はギターに興味を持っています。
最初に作った楽器は、ギターです。
昭和42年でした。 18歳の時です。

古楽器製作家 平山 照秋 

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