古楽器製作家の思うこと いろいろ

昔の楽器製作家がそうであったように、様々な楽器を製作しています。そうすると、いろんな楽器の事が良く分かってきます。特にモダンギターについて考えていることを書かせていただこうと、思っています。

沢山コメントをいただいて


ブログの更新が滞ってしまって、申し訳ありません。
そして、沢山のコメントをありがとうございました。

毎日、出かけることが多く、出かけない日はお客さんが来られたり、
タイミングを合わせるように、パソコンとプリンターが壊れて、新しいパソコンを使えるようにしている間に
日が経ってしまいました。

難しい使い方はしないので、とにかく安いパソコンを探しましたが、キーが重く、かなり力を入れないと
入力できないので、慣れるまでに指が疲れそうです。

私のブログに沢山のコメントをいただくことは珍しいのですが、リュートの歴史的奏法についての
コメントは、暖かいご意見が多くて、少しほっとしています。

音楽については、いろんな意見があると思いますし、私自身もかなり自分勝手な意見を言っていることがあります。
ですので、これからもおかしなことを言い始めたら、コメントよろしくお願いいたします。

ブログの更新が出来ない間も、法事とか演奏会の待ち時間とか、結構出先での時間がありましたので、
ブログの原稿は出来ていましたので、少し長くなりますが、
音楽から離れて最近のことや昔の事も書かせていただきます。

まず、最近の出来事を書かせていただきます。

先日近くの幼稚園の卒園式がありました。民生委員として、始めての卒園式でした。
今までは、小学校、中学校の卒業式には出て行ました。


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最近の卒業式は歌が多く、合唱コンクールか音楽会のようでしたが、
幼稚園卒園式はまだ少なくて4曲だけでした。

園児の皆さん元気で大きな声で歌っていました。返事も大きな声で。

2時間ほども卒園式はありましたので、昔のことを色々思い出していました。

私の小さい頃はまだ幼稚園に行っていない家庭も多かったと思います。
私の家も貧乏だったので、幼稚園には行っていませんでした。

小学校に上がると家が商売をしていたので、(下駄屋さんでした)
学校に行く前に店が直ぐに商売出来るように、店を開け、
展示用の台を出して下駄や草履、靴を並べていました。

学校から帰ると店の手伝いをします。
小学校二年生くらいになると、教えられなくても、下駄の鼻緒を据え付けられるようになっていました。
草履の鼻緒は同じように据え付けられるのですが、底が固い皮で股釘を打って仕上げなくてはいけないのです。
それが固い皮なので、非常に難しいのです。それも、小学校高学年になると、出来るようになって私の仕事になりました。

中学校に上がると店の手伝いの他に、叔父が米屋をやっていたので、家の手伝いの他に米屋の手伝いも始めました。
夏休み、冬休み、春休みはほとんど毎日米屋のバイトでした。

米屋さんのバイトだけでなく、人手が足りないと言うことで、精米所の仕事も掛け持ちで始めました。
当時は配給米と言うと外米で、(配給米と言っても、若い人は分からないと思いますが、
米は統制品で米は配給されていました。まだ、米の生産が消費量に追いついていなかったため、
配給制度になっていたのです。)

日本の米俵が60キロ、タイとかビルマなどの東南アジアの米俵は80キロでしたが、
スペインからくる米は、1俵 120キロありました。
この120キロの米俵を中学生がトラック一台分を運転手の人と二人で積んで下ろすのです。

高校生になると、更にビルクリーナーと言って、工事現場の片付けの仕事も先輩達と始めました。
一現場をベテラン高校生達だけで片付けていました。もちろん、その間も店の手伝いはしていました。

以前のブログで一年365日の内363日働いていると、書きました、
それも朝8時くらいから午前1時か2時くらいまで仕事しています。

でも、時間は自由に使えますので、民生委員の仕事とか出来ます。
小学校の頃から働いていたので、働くことは普通の事なのです。
学校の勉強よりは働くほうが好きでした。まして、好きな音楽、楽器の仕事ですので。

好きなことをやっていたら、何時間でも出来ると言うことで、思い出した事があります。

昔、ダンスリールネサンス合奏団にいた頃(ダンスリールネサンス合奏団と言っても
古楽に詳しくない方には馴染みがないかも知れませんが、
40年ほど前に発足した日本でも一番古いプロの古楽合奏団です)

リーダーの岡本先生は休みなく、ずーっと練習されていました。
それで、メンバーの一人の方が「先生、そんなに休みなく練習して疲れませんか?」
と聞くと「好きな事をしているから、疲れるはずか無いよ」との返事でした。

私も楽器を作ったり、調整する事は疲れませんし、何時間でも仕事が出来ます。
修理は作業する時間の何倍も考える時間が必要ですが。

次回は まだ 作っておいた原稿がありますので、小学校や中学校の話をさせていただきます。
(そんな話はこのブログには必要がないと言われると、やめようと思いますが)



  1. 2016/04/05(火) 01:17:49|
  2. ギター
  3. | コメント:0
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プロフィール

kogakki

Author:kogakki
ヴィオラ・ダ・ガンバ、リュート、チェンバロ
と言った、古楽器を仕事として製作して
30年以上になりました。

最近はギターに興味を持っています。
最初に作った楽器は、ギターです。
昭和42年でした。 18歳の時です。

古楽器製作家 平山 照秋 

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