古楽器製作家の思うこと いろいろ

昔の楽器製作家がそうであったように、様々な楽器を製作しています。そうすると、いろんな楽器の事が良く分かってきます。特にモダンギターについて考えていることを書かせていただこうと、思っています。

リュートの歴史的に正しい奏法 歴史的に正しい リュートとは?

先月、リュート愛好家と言われる方から、ブログメールフォーム経由で 忠告を受けました。

歴史あるリュートが一般の方に誤解されるので、演奏は極力控えてください。

と言うような内容です。

下手な演奏を人前でされると、リュートが誤解されるということかもしれませんが、
ブログメールフォーム経由ということは、ケンプスジーグをユーチューブでお聞きになった方かも知れない
と言うことで、ブログの記事にさせていただきました。
(フェリーの中とか演奏会の待ち時間に原稿を書かせていただきました)

リュート愛好家の方からすれば、ギターを弾く、片手間に下手なリュートを弾かれては、
リュートを誤解されると心配されたのかもしれません。

確かに歴史的に怪しい所も沢山あります。

このブログはギターを中心にしていますが、ギターに興味がある方にも、奏法の問題は何かの参考になるのでは?
と思い書かせていただきます。

まず、歴史的に怪しいところは

① 弦がガット弦でない。

ルネサンスリュートの頃はまだ巻線が生まれていない時だと思いますので、オールガットで低音弦まで
プレーンガットでした。

私は 音色的に近い、ナイルガット(ガットと同じ比重の化学合成弦)フロロカーボン 、ナイロン芯の巻線
を使っていますので。

② ダブルフレットでない

この分野で研究演奏をされている第一人者と言えば、イギリス在住の竹内太郎さんだと思います。
彼の研究では、多くの絵に見られるようにガンバのように ダブルフレットがリュートでも使われていたようです。

③ 小指を表板につけていない

これはルネサンスリュートの頃から、バロックリュートの時代、更に19世紀ギターの時代も
たくさんの絵からも一般的には表板に右手の小指をつけることになっていたようです。

でも、多くのリュート奏者の方も クリアーできていない方もいらっしゃると思います。

逆に本来の姿かもしれませんが、① ② ③ を守ってられる方は少ないのでは?
と思います。

では、この忠告をくださった方は何を持って、忠告されたのでしょうか?

1) それは、おそらく爪を使っていること。
2) そして、親指を手の内側に入れる、竹内太郎さんが 「親指内側奏法」
  と呼ばれている奏法でないこと

この2点だと思っているのですが。

この2点については、このブログを読んでくださっているギターをされている方も、
そのような認識かもしれませんので、少しだけ書かせていただきます。

思い込みや憶測で書いてしまうと、間違った情報を拡げることになりますので、
この方面でしっかり考察されて、実践されている専門家の意見を参考にさせていただきます。
(また少しだけ、竹内太郎さん、お考えお借りします)

竹内太郎さんの ホームページ 古楽器スターターのページ その3 右手のタッチ より引用させていただきます。

その中で、チラッと触れられている、

17世紀のイタリアではリュートやバロックギターでは
爪で弾かれていた場合も多かったのですが
、について


アレッサンドロ・ピチニーニの著書 Intavolstura di liuto (1639) et di chitarrone (1623)
の中で、彼は爪の使用を勧めています。

またトーマス・メースはMusik's Monument (1676)で指頭を使うことを好んでいましたが、
「コンソートでは爪を使って音を目立たさせることは認められる」とあるようです。

また、時代はこちらに近づきますが、フェランディーニは1799年の著書で爪を使った奏法を支持しているようです。
爪を使うことは、歴史的に絶対ありえないことではないのです。

私は 40年近くリュートを弾いてきました。

最初にシェーファー先生にレッスンを受けた時には、もちろん爪を使っていました。

でも先生の指頭奏法に惹かれて、直ぐに爪を切りました。

他の一緒にレッスンを受けた人たちもギター弾きだったので、爪を使っていましたが、皆直ぐに爪を切りました。

そうすると、シェーファー先生は「おお神風! 皆で爪を切るか」と言われました。

でも、他の方々はプロのギタリストだったので、直ぐにまた爪は伸ばしたようです。

私はその後約30年以上爪なしの指頭奏法でした。

ですので、楽器製作仲間の 松村さんが作ったギターを指頭で弾いて白い目で見られたこともありました。

指頭でもモダンギターでしっかりした音は出せるのですが。




そして、次に19世紀ギターでも使われる、親指内側奏法 はどうでしょうか?
 
16世紀初頭から半ばには使われていたようです。(竹内さんの話ではスペインを除くとありますが)

でも、1580年ころから親指を手の平側に入れない、親指外側奏法が使われ、
1600年頃には親指外側奏法が主流である、
と竹内さんは書かれています。

そして、ダウランドのリュート教則本では 親指外側奏法を「よりエレガントである」と推奨しているようです。
さらに、時代が現代に近づいて バロックリュートになると親指外側奏法のみが使われていました。

爪を使うと、親指内側奏法やフイゲタ (親指と人差し指を交互に使い、音階や旋律を演奏する奏法)
は使いにくいので、自然と親指外側奏法になっていました。

ほとんどリュートしか弾かない時は、爪をかなり短くして親指内側奏法で弾いていますが、ギターを弾く機会が
多くなったので、親指外側奏法になっています。

でも、1580年頃から使われ初めて1600年には主流だったということは、ケンプスジーグのケンプさんは
1594年か1955年から 1599年までシェクスピアの劇団で活躍していますので、親指外側奏法 でも
良い のではないかと思います。

19世紀ギターも指頭で弾く場合、親指内側奏法をとる演奏家を見かけますが、どちらかと言うと
もう時代は、親指外側奏法の時代だったと言えます。プラッテン婦人の絵のように。

この時代、爪を使う使わないは、アグアドさんとソルさんの例のように、自由だと思います。

いつの時代も自由だったかもしれませんが。










  1. 2016/03/16(水) 23:08:20|
  2. ギター
  3. | コメント:5
<<体に合ったサイズの楽器を弾くシリーズ その2 チェロ について の補足 | ホーム | ギター展示会の案内>>

コメント

気にされる必要はないと思います

そのようなことを忠告してくる人がいるとは、驚きます。

ここ数年、歴史的リュートとは、歴史的奏法とは、という話で、ここでも取り上げれています竹内先生のお話しは、大変に意義ある正しい解釈と思います。
ただ、現代の古楽演奏の場合、プロ奏者でさえも、どうしても演奏効率といいましょうか、お客さんに調弦上の間を待つわずらわしさをかけまいと配慮する演奏家もいらしゃいます。
ガット弦よりも、ナイルガットを敢えて使う有名なプロを私は存じ上げています。それはそれでいいいと思います。
ナイルガットの演奏でも、なんら音楽上の意図を害することはないと思います。
でも、人の耳、感性、信念というのは、千差万別です。意に沿わない人もおられるのは当然です。

平山さまに「忠告」をされてきた人が、どのようなニュアンス、表現でメールを書かれてきたのかはわかりませんが、何をどう感じ、どう感想を述べるのも自由だと思いますが、

私は、ここは、平山さまのブログなのですから、演奏を聴いた方が、自分の意に沿わないのでありますれば、聴かなければいいだけのことです。
古楽演奏を誤解してほしくないから、動画演奏をやめてほしいなどとは、ちょっと言い過ぎでしょと思います。
私は、平山さまのリュート演奏は、本当にすばらしいと思っています。40年以上の重み、含蓄があります。
私は、気になさらないで、どんどん演奏されればよろしいと思っています。
  1. URL |
  2. 2016/03/29(火) 20:55:54 |
  3. 一演奏者から #BwtdbEoI
  4. [ 編集 ]

リュートをやりたいと思ったのはほんの一瞬でした。

いろいろあって、夫の両親が住む家に夫と共に引っ越しました。

京都の、築100年のボロ屋です。
実は、これに、難癖をつけてくる人がいます。
お前たちには住む資格がないから売れ、と。
信じられない話ですけどね。

古いものには人を狂わせる魅力がありますが、
普通の人なら段々目が覚めて折り合いをつけるものです。

住民は昔のよさをわかった上で、必要に迫られて変えています。
生きるためです。

そんな感じの話かな?、って、違ったらごめんなさい。
  1. URL |
  2. 2016/03/29(火) 22:32:17 |
  3. カステラミルク #Ttyj0Ygs
  4. [ 編集 ]

この世は何処へ・・

ご無沙汰しております、平山先生、八女では常に先生の横で大変お世話になりました。また大変勉強になりました。それから自分の住所間違えたりと、大変お手数をおかけしました。 
しかし、あれですね、ネットではいろんなものが飛び交って、いろんな意見があって・・、中には勢いあまり逸脱したものまで・・・、とくに音楽関係はその熱心さから、これは「認める」、「認めない」では、圧倒的に「認めない」と結果づけてしまうことが多い気がします。最近よく思うのですが、美術の絵とかだと、見てくれた人が気軽に賛同しやすいのか、「綺麗だね」とか言葉をきくことがあるのですが、音楽の場合は、ジャンルに問わず「うーん、ダメだね、このへんがまだまだだよ」とか、「全然ダメー、わかってない」、なんて類の言葉はよく見かけても、「このへんこうすると、ボク好みでもっといい!」などの優しく敬う類の言葉は、少ない気がします。それからすると私なんかギターやリュートを作る資格さへ無い気がします・・。でも、人間、みんな最初は、とくに音楽は上手くはないはずなので、本来大きく見守る言葉が、音楽の道の何処かには必要な気がします。先生のそのご意見書に対してのこ考察と丁寧な回答は、きっとその優しさから来ているのだと思います。私は先生に脱帽です。
  1. URL |
  2. 2016/03/30(水) 15:01:09 |
  3. NODOKA #JjNjaljQ
  4. [ 編集 ]

もう一言だけ

平山さまの、圧倒的な暖かさ、寛容さ、包容力ある人間的な大きさが、他の音楽的志向に合わない方から意見を言いやすいのかなと思いました。
どんな方の意見にも真摯に、誠実さを持って対処される、そんな人間的な大きさがあるのです。

私も、こと音楽の分野には、うるさい人が多い気がします。どんな演奏をしようとも、何か言わないと(それも批判的な)気が済まない御仁が。
音楽会は、評論するために行くものだと勘違いしてるのではないかとも思ってしまいます。例えば、音楽雑誌のコンサート評が、まさにそれです。初めから、演奏者の高名さ、技術、世界的著名度が判明しているので、聴きに行く前からすでに、論評は決まっている(つまり、褒めるか、貶すか、叱咤するかのどちらか)です。

私は、音楽雑誌の評論など一切見ません。見たいとも思いません。昨今の、芸術的分野における勝ち負け、1位だ、2位だ、3位だのという位置づけや、競争して勝ち負けを争わないと気にくわない御仁も多く、辟易します。

ここは、平山さまが、自由に自らのお考えを問うたり、アドバイスされたり、演奏されたりして、コアな古楽ファン、ギターファンに語っていただける貴重な場でもあります。
ぜひとも、否定的な意見に目は通されても、遠慮なさらずに、自由に語ってくださいませ。
これからもよろしくお願いいたします。
  1. URL |
  2. 2016/03/30(水) 21:57:57 |
  3. 一演奏者から #BwtdbEoI
  4. [ 編集 ]

皆様のおっしゃることで尽くされていることと思います。
すこし無用なものを重ねて足したいので、おしゃべりをしてすみません。帰国中の機内のWIFIです、便利になりました。
音楽・・て、一つの方向に定まってしまってはなんの価値もありません。
違うものを受け止めて体験して、自分を導いてくれる音楽に巡り会えるものですね。


僕自身はとても重い「うしろめたさ」を抱きながらコンクールなどの審査や主催をします。
それでも時々それを引き受けるのには二つのわけがあります。
 「必要悪」として若い音楽家に勉強のための生活費を与えるための制度としては
ま・・しょうがない。・・・でもね、日本のコンクールで一位を取った人の演奏より初心の子供が弾いた
旋律に感動したことが何度もあります。
 二番目の理由としては・・ぼくが審査員を断っても「肩書大好きなモドキ」が審査員をするよりは
自分が恥じらいをもってしたほうがよいかもしれないな・・と判断する場合。

率直なところ、、コンクールで弾かれる曲は・・これも率直に言ってゴミみたいな曲も多いので
人生の時の無駄使いなような虚しさにも時折囚われます。でも・・ときたま点数も忘れて感動をすることもあるのです。


演奏には演奏で、作品には作品でこたえればよろしいし・・・ま、やむを得ず議論をするときは自分の作品を提示したうえで
反論しうる論理を建てなくてはなりません(それなら実りの多いかもね)、それ以外の騒音は放置して置かれるのがよろしいかと思うのです。

亡き旧友のスコット・ロスの口癖「自分は古楽のジャンルには決していないよ、あれは弾けない若年寄たちの逃げ場所」
て・・ぼくはそうでない方も知っているから肯定はしないけれど、この分野の素人寝言を聞くたびに彼の口癖を思い出してスルーすることにしています。
  1. URL |
  2. 2016/03/31(木) 20:36:06 |
  3. CABOTIN #ArGM.iJY
  4. [ 編集 ]

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プロフィール

kogakki

Author:kogakki
ヴィオラ・ダ・ガンバ、リュート、チェンバロ
と言った、古楽器を仕事として製作して
30年以上になりました。

最近はギターに興味を持っています。
最初に作った楽器は、ギターです。
昭和42年でした。 18歳の時です。

古楽器製作家 平山 照秋 

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