古楽器製作家の思うこと いろいろ

昔の楽器製作家がそうであったように、様々な楽器を製作しています。そうすると、いろんな楽器の事が良く分かってきます。特にモダンギターについて考えていることを書かせていただこうと、思っています。

構造、設計 ③ ライニングの大きさ、形

普通だと、ここでギター作りに、最も大切な表板について書くのが一般的だと思います。
でも、昔から、モダンギターの一番不思議な、なぜそうするのか、分からなかった所、
ライニングについて書かせていただきます。

モダンスペインギターで最も、疑問、不思議に思うのが、ライニングの異様な大きさです。

大きさについては比較する物があれば、良く分かっていただけると思いますので、
チェロの一般的なライニングの大きさとギターの一般的なライニングの大きさを
図示させていただきます。分かりやすいように、2倍の縮尺で書いています。

img527.jpg



① はコートナルさんの 「メイキング マスター ギター」 より
② は ① のような加工は手間がかかるので、モダンギターで良く見る一般的なライニング
③ は 禰寝さんの「スペイン式クラシックギター製作法」から
④ は Henry A Strobel さんの「Cello Making step by step」より、チェロのライニング
⑤ は 私のギター、ヴィオラ・ダ・ガンバに使われている、ライニング     

それぞれ下に、断面積を書いています。
モダンチェロは、約70キロのテンションがかかっています。
そのチェロのライニングの断面積は 約 21mm平方、それに比べて
 小さい禰寝さんのライニングでも、チェロの倍以上、他のギターだと、3倍から4倍です。
何故、こんなに大きいライニングが使われているのでしょう?
ギター製作家に聞いても、答えはありません。

私の考えです。あくまでも、私の。
19世紀ギター、特にスペインの19世紀ギターは「アントニオ・デ・トーレス」
日本語訳の53ページ、1816年の ファン・ミュノアのギター、
54ページ、1830年のファン・モレーノのギター、
そして55ページ、1833年のマヌエル・ナルシソ・ゴンザレス 
のギターなどを見ると、他の国の楽器に比べて、非常に細身です。
サウンドホールの横などは、響板がほとんど無いのでは?と思うほど、スリムです。

これらは、いずれも、6単弦のギターです。このスリムなギターから、トーレスさんが
表板を大きくした時に、音色、音の響きからもそうしたのでしょうが、
強度不足を解消するために、大きなライニングを考え出したのでしょう。

『いい音を選ぶ』という、共同通信社の「MOOK 21」の雑誌に、
鶴田誠さんが 19世紀ギターの 記事を書いておられます。

その中、114ページに、1898年の Salvador
Ibanez 作のギターの内部写真があります。
とても、粗雑な大きなペネオスが見えます。
大きな楽器ではないのですが、他の国の楽器に比べて、大きなライニングです。

スペインでは、大きなペネオスが小さな楽器でも使われていたと言う事は、
十分考えられます。その延長線上で、
トーレスさんが大きなライニングを採用したとも考えられます。

この大きなライニングが、表板の周りを固め、表板の中央部分しか鳴っていない、
モダンギターの特徴の大きな要素を作ったと考えます。

これをお読みの方で、ギターを弾いている方は、モダンスペインギターがほとんどだと思います。
お持ちのギターを、クッション、毛布などを机の上に敷いて、
その上においてください。
6弦とか5弦の振動エネルギーの大きい弦を、大きな音で弾いてみてください。
そして、音を出しながら、表面板を軽く触りながら、どの範囲で表面板が振動しているか、
チェックしてみてください。

表面板の中央部分、駒のあたりしか振動していない楽器が多いと思います。
表面板の周辺部は振動していない事が分かると思います。

リュートをお持ちの方は少ないと思いますが、リュートで、
同じ事をすると表板の大きな面積で鳴っているのが分かります。
こんな事をしなくても、リュートを弾いていると、
表板に接触している、腕に響板の端まで、振動しているのが伝わります。

リュートは1ミリのライニングを付けても、鳴りにくくなります。
リュートはライニングが無いのです。
(バスバーも表板全体が鳴る要素のひとつですが)


身近な例として、スピーカーがあります。
特に、低音を出す、ウーハーで考えると、良く分かると思います。
大きな、直径30センチ38センチのウーハーでも、周りのエッジは非常に薄く、フリーな状態です。
このように、スピーカーの周りが、固めていなくて、柔らかいので、低音が出るのです。
周りを固めてしまうと、スピーカーの中央部分しか振動しなくなって、
低音は出ないと考えられませんか?


同じ事を、ギターに応用すれば良いのです。
ギターもエッジ部分をフリーにすれば、低音が出やすいはずです。リュートがそうなのですから。

周辺を固めた、30センチのウーハーより、中、高音を受け持つ、
20センチのスコーカーのほうが、低音は出やすい(スコーカーですから、中音、高音も出ています)

同じように、少し小型のギターで、エッジを固めずに作ると、
低音も高音も出ると、考えるのは、自然な事ではないでしょうか?


少し極端な話しかもしれませんが、構造力学、構造計算の世界です。

端がフリーなギターは、構造力学上、単純梁に近い構造です。
(単純梁とは、ちょうど水路などの上にかかっている、板で単純に、
両端は両岸に乗っているだけの、板の状態です)

逆に、ライニングが大きいギターは、固定梁に近い構造だと考えられます。
(水路にかかっている、板が両端がコンクリートで固められている状態)


この単純梁と固定梁の中央に同じ荷重を上からかけた場合の、たわみ、下がる量は、
              
      img528.jpg
            

字が汚いですが無視してください。記号もヤング係数やなんやらありますが、
無視してください。同じ項目を消してゆくと、単純梁は 48 固定梁は 192 の数字が残ります。
この数字が、同じ荷重をかけて、たわむ、つまり動く量なのです。
192を48で割ると、4です。つまり、単純梁が固定梁の4倍動くのです。

単純梁が、ライニングの小さなギターの表板、固定梁が、
ライニングの大きなギターに近いと思います。

もちろん、純粋な単純梁、固定梁ではありませんので、
4倍の差は無いのですが、かなり大きな差はあると思いませんか?

実例ですが、私がたまたま手に入れた、安いスペインギターは、
少し小型で、おそらく手を抜くため
(大きいと部材も大きくなり、材料費がかかる。曲げるにも、
大きいと普通のギターのように、鋸で鋸目を入れて作るか、時間をかけて曲げる必要があります)
小さなライニングで、ハーモニックバー、アンダーバーも横板まで届いていませんでした。
とても、良く鳴っていましたし、音楽的な表現の出来る楽器でした。

国産の、古い安いギターも、良く鳴っているギターは、
手を抜くためでしょうが、ライニングが小さい楽器でした。


話しがギターから逸れますが、ガンバの話しです。

ヴィオラ・ダ・ガンバの古い楽器で、ライニングをつけずに、
羊皮紙で補強してある楽器があります。
バスガンバも7弦になると、1本あたり8キロとすると、単純に計算して、
56キロのテンションです。
そして、ギターと違って、魂柱が立っているので裏板を押し下げる力が働いています。
このガンバでさえも、ライニングが無い楽器もあるのです。
やはり、フリーなエッジを作るためです。

そして、ライニングは材料の所で書かせていただいたように、
大きさだけでなく、材質で、柔らかい材料を使うことも大切だと考えています。

また、この柔らかい材料は、エッジのフリー化に役立っているだけでなく、
次に書かせていただく接着の話しにもつながります。
(大切な事なので、後のほうで書かせていただこうと思っていたのですが、次に書きます)

もともと、ローズウッドは接着しにくい木なのです。
横板と裏板は、ローズウッドの横板と裏板同士が接着され、ライニングで補強されるわけです。
このライニングが、松とか柳とか柔らかい木だと、接着力が大きいのです。その、理由は次回で。


少し、横道にそれますが、これも私の考えですので、違うとおっしゃる方のほうが多いと思います。
それは、トーレスさんの作ったギターについてです。

浜田滋郎さんの 『絵でたどるギターのあゆみ』と言う本の、
35ページに タレガさんが ギターを弾いている絵があります。
サロンで、聴衆は彼を囲んですぐ近くで聞いています。8人が聞いています。
他にも、タレガさんの演奏をしている写真は、このように、
狭い場所で少ない人数で演奏しているものが多いのです。

この当時、大きなコンサートホールでギターを弾く事はほとんど無かったのでしょう。

19世紀ギターもサロンの楽器でした。でも、現在19世紀ギターは、
大きなホールでも、充分音が通りますし、しっかりした音で、聞く人に伝わります。

トーレスさんのギターはどうでしょうか?沢山の経験はありませんが、
200,300人程度のホールで、オリジナルのトーレスさんのギターを聞く機会は何度かありました。

その私の感想は、『 19世紀ギターのパノルモ、ラコートに比べて 
3分の1か、5分の1ほどしか聞こえてこなかった。
もちろん、現代のモダンギター程度には聞こえてきましたが』
と言う事です。あくまで、私の感想です。

しかし、狭い空間、近くで聞くと、物凄く良いのです。
イタリアのグロンドーナさんが講師の講習会で、目の前で弾いてくれたのを、
聞くと音も響きもボリュームも素晴らしかったです。


トーレスさんが、自分の楽器が100年後150年後には、
大きなホールで演奏されるから、それを見越して、作ったとは考えにくいのです。
大変な時代でしたし、一時は生活のため、ギター製作をやめ、瀬戸物屋を開いたほどでしたから。

そして、ギター製作の主な収入源の、ギタリストへの販売も、
ギタリスト自身が収入があまり無いと言う状況では、
難しかった時代と言う事もあるのでしょう。

となると、需要のある楽器を作ったと、考えるのが自然ではないのでしょうか?

サロンで使える、近くで聞いてとても素晴らしい楽器を、作ることに。
このことの、ひとつの原因が、ライニングにあると思っているのです。

ギターの神様 トーレスさんですから、反論も沢山あると思いますが、これはあくまで、
私の経験、感想です。トーレスさんのギターについては、
また、後で書かせていただこうと思っています。
普通に知られる、トーレスギターとはかなり違った姿のトーレスギターが見えてくると思います。

  1. 2012/01/29(日) 15:27:15|
  2. ギター
  3. | コメント:3
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コメント

以前 工房にお邪魔した時のお話ですね。
興味深い内容です。

  1. URL |
  2. 2012/01/30(月) 03:40:46 |
  3. HSPT #Yqf9uHks
  4. [ 編集 ]

いや~

攻め込んでいますね~!
とても面白いです!
  1. URL |
  2. 2012/01/30(月) 07:28:26 |
  3. tanaka #-
  4. [ 編集 ]

ありがとうございます

コメント、ありがとうございます。

コメントが、無くて、そろそろ、コメント く だ さ い
とブログに書こうかと思っていました。

コメントが無いと、壁に向かって、しゃべっているようで。

つい、自分では分かっていることを書いているので、
理解しにくい部分も沢山あると思います。
分かりにくい所など、言っていただければ、さらに細かく
書かせていただきます。

これでも充分、細かい!と言われそうですが、
まだ、表面だけと言う所もありますので。

一般的な日本人は(このブログを読んでくださっている方は、違いますが)
初めてのことに、自分で判断しにくい所がありますので、
つい、力が入って、くどくなるようです。

接着の話しなど、製作家でも知らないことも、
どんどん、公開していきます。

話は、佳境に入っていきます。
これからも、よろしくお願いします。

  1. URL |
  2. 2012/01/30(月) 08:33:19 |
  3. kogakki #-
  4. [ 編集 ]

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プロフィール

kogakki

Author:kogakki
ヴィオラ・ダ・ガンバ、リュート、チェンバロ
と言った、古楽器を仕事として製作して
30年以上になりました。

最近はギターに興味を持っています。
最初に作った楽器は、ギターです。
昭和42年でした。 18歳の時です。

古楽器製作家 平山 照秋 

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