古楽器製作家の思うこと いろいろ

昔の楽器製作家がそうであったように、様々な楽器を製作しています。そうすると、いろんな楽器の事が良く分かってきます。特にモダンギターについて考えていることを書かせていただこうと、思っています。

記事を読み返して  感動する演奏は



これも、もう少し書かせていただいたほうが良さそうなので書かせていただきます。

作曲家が 作曲した頃の楽器を使う方が、作曲家が意図したこと、音楽が伝わるということで、
私たちのような,古楽器製作家や演奏家が生まれたと思います。

モダンオケ、モダンフルート、モダンヴァイオリン等で演奏されるバロックの曲は基本的に違和感を感じます。
聞きたいとは思わないのです。

でも20世紀の巨匠の演奏で、楽器なんかはなんでも良い、演奏が素晴らしければそれで十分満足。
という演奏にも出会います。

20世紀の巨匠といっても、名人芸や楽器を歌わせることに関してびっくりするほど素晴らしいという
演奏家もいます。

でも、私が感激する演奏家は、私がこんな事を言うのも、失礼なことなのですがよく勉強されているのです。

古楽器奏者が「オーセンティック、歴史的」と言うことを大事にして、勉強もするのですが、
こんなことは、演奏家として常識だろ、と20世紀の巨匠の演奏で感じることがあります。

よくお付き合いさせていただいている、フルート奏者の方(西垣さんが審査員をされている
スペインの マリアカナルス国際コンクール で入賞された方です) テクニックも素晴らしいのですが
物凄く勉強されています。音楽だけでなく、楽器についても詳しく、楽器製作の知識もモダンフルートだけなく
トラベルソや木管フルートのこと、教則本も ベーム時代の素晴らしい、初心者用の曲にまで ちゃんと
綺麗なピアノ伴奏のついた教則本も持ってらして、出版も考えておられました。
その彼が、モダンフルートの巨匠というか、代名詞のような、 ランパルでさえ、若い頃 バッハを吹くときは
トラベルソのようなクリアーな音でバロックの音楽を作っていたと言ってました。

西垣さんが 若い頃ピアノの 大巨匠の フーツォン先生からアドヴァイスをされたこと、
正確な時間は忘れたのですが、「1日に 6時間の練習と3時間の勉強を30年間続けられるのなら
プロになりなさい、私はそれを続けている」 とにかく、練習だけでなく 
勉強もかなりの時間しなくてはプロになれないということだと思うのです。

ロマンロランは別格として、(彼は音楽家以上に音楽のことは詳しいですから)文学の方でも、
音楽の楽典や音楽史などは常識として、知っていた時代ですから、音楽家はもっと勉強していたわけです。

それが、感動の演奏につながっていたと思います。

バロックの曲をやるのでチェンバロを貸してほしいという話は沢山ありますが、数年前
2日に渡り演奏会があって、リハも長時間付き合っていたことがあります。
それは、モダン楽器のアンサンブルです。

縦の線を合わせることが長時間の練習の大半です。
チェンバロが少しでも、ずれるとブーイングです。

曲はバロックでも音楽の作り方は、古典時代そのままというか、とにかく
合わせて、ピッチを合わせて、リズムを合わせて、ボーイングを合わせて、
譜面通りに弾くそればかりなのです。

モダン楽器で演奏されるバロックは仕事以外では聞きたくなくなるのです。

でも、バロックに限らず勉強されている方の演奏は聞きたいのです。
まして、それが 巨匠の 音楽性や人間性、テクニックをもってして
演奏されるなら、聞きたいですよね。




  1. 2015/05/11(月) 23:52:10|
  2. ギター
  3. | コメント:1
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コメント

たぶん長文すみません

話題が豊富すぎて・・たぶん長文 予想 ですみません。

書かれていたフルートのEさんがマリアカナルスで優勝された時は私はまだこのコンクールに関系してなかったのですが、後にその時の彼の演奏は伝説的にすばらしいと主催者たちから聞きました。
偶然、日本での家がごく近所で夜通し飲みながら演奏をしたり・・そうですね飲みながらでも音楽以外の話題はなかったことですね。ヘンデルの凄さを知らされたのも彼の演奏でした。古楽からは多分目の敵にされるランパルさんの絶好調時のバッハはすごかった。実に清楚でバッハが生きているかのようでした。Eさんからも多くのことを学びました。彼は飲んでいて時折とんでもなく安価な笛で音を出してもその音楽の形には影響は少なかった。
北山先輩の録音は鏡、そのとおりですね。私も毎日の練習のほとんども録音をしています。それでも、私のような楽観自己中には落とし穴もあります。現代では本当に安い録音機でもスタジオのものと大差ないので、過去の名演と聴き比べるのも容易ですね。
ただし・・・ときどき自分で気がつくことですが、やはり自分が可愛い、愛しい・・ 録音を聞きながら「次はクレッシェンド!!」と叫んで、その通り自分の意志どおりのクレシェンドを演奏をしてくれる録音は自分の録音だけです(当たり前ですが(笑)、、
かと言って、そこを割り引いて自分の演奏を聞くという謙虚な立派な態度にはなかなか僕はなれないので(オイラだけの問題かも・・) そこで開発した法則があります。、音楽はけっして点数ではないのだけれど・・・ 自分の演奏と過去の他の演奏を聴き比べて、「同じくらいの出来だな~」と思えたら相手がはるかに自分より優れている。たった、これだけのことだけれど、ちゃんと機能します。

ギターでのバッハはよくない、というご意見(わかる部分もあるのですが)今、ギターでバッハを練習されているかたたちが傷ついてられるかもしれないので、私見です。私は全曲をギターでもリュートでも弾くというすこし珍しい立場にあるので、一言あります。バッハのように中間言語の形で作曲をした作曲家に適した楽器は多様だと思います。私自身はバッハにはまだギターのほうがリュートよりも適していると感じます。(たしかに現代スペインのギターはどうかな?? このへんがキモでおっしゃられる拠り所はこの当たりだとおもうので共感もします)。理由をのべると、とてもながくなってしまいます。例の4つま組曲のオリジナルがリュートをどの程度想定していたかも、多くの曲で疑問ですし。私自身は多声のさい、「リュートの一コースも複弦ならばこんな違和感もないのに・・」と感じることがあります。どちらにしても、いわゆる二番(笛の人はこの曲は笛がオリジナルだと思っていることでしょう)をそのままリュートで弾いた録音を知りません。「これはリュートだな!」と感じる作品はヨハネの例の場面だけかもしれません。これが一番の難曲かもしれません。反論を承知で一聴衆としての感想をゆるしていただけるなら、私はまだ現代のリュートによるバッハの演奏でまったく感動をしたことがありません。「これならウクレレでひいても同じだな・・」と感じることが多いのです(ウクレレのかたゴメンなさい、ウクレレも好きです)。リュートで省かれた声部やアーティキュレートできていないし、なによりブラスチッキーな音色(弦のせいもあるんだろうか・・) こう感じるのは私だけなのでしょうか?
結局大昔の決してテクニックがあるとはいえない骨董ゲルビッヒさんの録音を聞いて安心しています。こういう場で発言すべきではない「自分の好み」を述べただけでもうしわけないのですが、普段不思議におもっいることなのです。
こう話していてもランパルさんの無伴奏バッハが記憶のなかで響きます。彼自身はフランスの街の広場に当時あらわれていた「あの乞食のバディネリが史上最高バッハ」といってられて皆を連れて行きました。その乞食さんは毛布に包まって一日中バディネリを疾風のように吹いていました。
  1. URL |
  2. 2015/05/15(金) 11:17:48 |
  3. CABOTIN #ArGM.iJY
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プロフィール

kogakki

Author:kogakki
ヴィオラ・ダ・ガンバ、リュート、チェンバロ
と言った、古楽器を仕事として製作して
30年以上になりました。

最近はギターに興味を持っています。
最初に作った楽器は、ギターです。
昭和42年でした。 18歳の時です。

古楽器製作家 平山 照秋 

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