古楽器製作家の思うこと いろいろ

昔の楽器製作家がそうであったように、様々な楽器を製作しています。そうすると、いろんな楽器の事が良く分かってきます。特にモダンギターについて考えていることを書かせていただこうと、思っています。

baroque様のコメントをいただいて

baroque様

いただいたコメントに対して、政治家のように、直接のコメントが出来ていなかったようです。

作曲家が作曲した時代の楽器でなくても、感動させる演奏はあると思っています、
このことを書かせていただいたつもりでした。

特に、チェンバロというかフランスですから、クラブサンと言わないといけないかもしれませんが、
ラモーの曲は、ピアノで弾かれた ミッシェル・メイヤーさんの演奏は私にとっては、衝撃的でした。
この演奏を聞いてからは、クラブサンで弾かれる ラモーの曲は面白くなく、興味も持てなくなりました。

でも、ギター以外の楽器、特に鍵盤楽器の研究は進んでいて、20世紀初頭のモダンチェンバロの復興から、
(ピアノがどんどん形が変わっていき、弦の数も音域も増え、鉄骨を使うようになったり進化?
していったように、チェンバロもそのまま使われていたら、このような形になったのでは?
ということでモダンチェンバロが生まれた、という説もありますが)

ヒストリカルチェンバロの時代になり、とりあえずは構造もしっかりしていて、作りやすいことから
フレンチのチェンバロが作られました。
その後 フレミッシュ、イタリアン、ジャーマン、イングリッシュの
楽器が作られるようになり、イタリアの曲はイタリアンで、フランドル地方の曲はフレミッシュで、
バッハは ジャーマンで弾くようになっていきました。
(もちろん、フレンチでバッハも弾いている人がいますが、素晴らしいフレンチの楽器だと、
出来の悪いジャーマンで弾くより、良い音楽が作られると思いますので)

鍵盤以外でも、ヴァイオリン系統でも、弓でも同じように研究がなされ、更に細かく
時代や、国に合った楽器で演奏されるようになりました。

でも、ギターは全てモダンスペインギターで、演奏されます。
(私の周りでは、19世紀ギターも沢山使われていますが)
もちろん、楽器のことですから、いろんな楽器があって、
基音のしっかりした、19世紀ギターに近い音を目指している楽器もありますが、
ほとんどは、トーレスさんの楽器を目標にしているようです。

私のように、ルネサンスギター、バロックギター、19世紀ギターの延長線上に
ある楽器を作ろうとしている製作家はほとんどいないようです。
なんとか、ソルやアグアドの弾ける楽器として、また、タレガ以降の
20世紀の曲も、ジャズもブルースも、ショーロも弾ける楽器を作って
行きたいと思っているのですが、このような楽器はほかに存在しないので
なかなか分かっていただけないようです。

19世紀ギターでは、楽器によりますが、20世紀以降の曲は
合わない楽器が多いように思いますし。

モダンスペインギターはちょうどモダンピアノのような立場だと思います。

ピアノも、フォルテピアノで当時の曲は当時の楽器で、という演奏が増えました。
よく知られている、ベートーベンの月光は、モーツアルトが使っていたような、
5オクターブのチェンバロに近い、楽器で作曲されました。
ですので、私なんかは、チェンバロで弾く月光や、初期のフォレてピアノで弾く
月光でなければ、ぴったり来ません。

最近は、メンデルスゾーンくらいまでは当時の楽器を使うことが多いようです。
私のフォルテピアノを最初に弾いてくれた、メルビン・タンさんはメンデルスゾーンの使っていた
楽器を永久貸与されていて、メンデルスゾーンの曲を録音する時は、その楽器を使っていると
言ってました。

ほかの楽器を見る機会や、聴く機会の多い私の感想ですが、モダンスペインギターは
楽器としてかなり特殊な楽器のように思えます。
その特殊なところが、愛好家に受けているところなのでしょうか?

それと、居合の話も出していただいていました。

型だけの流派もありますが、実際に、ゴザや竹を切らないと、
刃筋や力の入れ具合、スピードが分かりません。

でも、このゴザが問題なのです。

私たちの流派は、ゴザは表面にごみや砂がついていることがあるので、洗いますが、
洗っただけのござを切ります。

おそらく、洗っただけの、硬いゴザを切っている流派は私たちだけだと思うのです。
一般的には、1週間ほど水につけた、大根のような柔らかいござを切っているようです。

こんなゴザだと、本来の刃筋でなくても切れますし、スピードも技も必要ありません。

かなり以前の話なのですが、全国大会に私たちの宗家も出られてゴザを切っていました。
そうすると、有名な他流派の宗家が自分の準備をしてきた、ゴザを使い切ったので、
私たちの宗家に、ゴザを借りました。御自分たちが使っているゴザを同じようなものだと、
思われたのでしょう。宗家は簡単に切っていますから。
でも、私たちのゴザは硬いので、切れるどころか切っ先が少しゴザに入っただけで、
刀が曲がってしまいました。数百万円の刀が使い物にならなくなったそうです。

硬いゴザは、剣道7段、8段の先生でも何ヶ月もかかってやっと切れるようになります。

この硬いゴザを私たちは小学生でも切りますし、初段クラスでも、本数を切る練習の時は
50本ほどを数分で切ってしまいます。
私たちの流派はゴザを据え物台と呼ばれる、台の上においただけで切ります。
本当は、この台の上にゴザを置くほうが難しいのです。
短くなったゴザを、テンポ良く、切りやすいように置いてあげるのは、
結構難しく、肝も据わっていないと刀の近くまで寄っていって、立てられません。

そして、私たちは硬い竹も同じように台の上に載せるだけで切っていました。
普通は切れずに、飛んでいってしまいますが。

話がまた逸れてしまったようですが、音楽も楽器も居合いも奥が深く、
本物にはなかなか出会えないということでしょうか。

ギターに話を戻すと、私も ギターはどの方向に向かっているのだろうと、
思うことはよくあります。

ギターはクラッシック音楽を表現する、表現できる楽器であって欲しいし、
表現できるような演奏をしていただければ、と思っています。
その上で、歴史的な考察をしていただければ、と思っています。

あつかましい、おこがましいことを書いてしまったと、反省していますが、
よろしくお願いいたします。







  1. 2015/04/21(火) 01:31:26|
  2. ギター
  3. | コメント:1
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コメント

平山さま

平山さま

 懇切丁寧なるコメントで恐れ要ります。
仰ること、よくわかりました。

また、居合の奥義の神髄をお聞かせいただき、ありがとうございます。
私も、以前、古流居合剣法を学ぶ身でしたが、初伝1枚もらっただけで、その後はご無沙汰な状況で、偉そうなことを言える身分ではないのです。しかし、現在の防具剣道しかやったことなのない相当な有段者では、藁をまともに切ることはできないだろうというのが私見でした。

 本物は本物から学ぶのが一番よいのでは、という単純な発想です。ギターもそうではないのかと。
ですが、バッハのような深淵な音楽のように、もはや楽器の種類がどうの、こうのという議論を超越したところにある音楽もありますから、奏者の自由な表現でいいのかなという気持ちも持ちました。

また、平山さまの裂ぱくの気迫と一念、すさまじい限りです。見事な試し切りの動画でした。
 これからも益々ご精進してください。
  1. URL |
  2. 2015/04/22(水) 20:17:33 |
  3. baroque #U59phOUY
  4. [ 編集 ]

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プロフィール

kogakki

Author:kogakki
ヴィオラ・ダ・ガンバ、リュート、チェンバロ
と言った、古楽器を仕事として製作して
30年以上になりました。

最近はギターに興味を持っています。
最初に作った楽器は、ギターです。
昭和42年でした。 18歳の時です。

古楽器製作家 平山 照秋 

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