古楽器製作家の思うこと いろいろ

昔の楽器製作家がそうであったように、様々な楽器を製作しています。そうすると、いろんな楽器の事が良く分かってきます。特にモダンギターについて考えていることを書かせていただこうと、思っています。

楽譜を見ながら演奏しませんか?


製作編でなくてすみません。
以前から思っていたことなので。

先日,素晴らしい演奏会があったばかりなのですが、あの方達のようなプロのようなアマチュア
は別にして、というかプロ以上のアマチュアは別にさせていただいて。

普通にギターを楽しみにしているアマチュアギタリストの方たちは、人前で弾く時、
暗譜で演奏する努力をされていると思います。

いろんな方のブログを見せていただいても、ユーチューブにアップする目的の一つが
暗譜のためということも書かれている方もいます。

私は,理解力が無い所為なのでしょうが、新曲、特にバロックの曲などは、
10日以上,毎日何箇所も,10箇所以上も、運指や、フレーズ、声部の取り方、
ポジションの取り方のアイデアが浮かんできます。

10日以上、何百回と弾いても、まだ楽譜を見ると、こうすればさらに良くなる
箇所が出てきます。

ほぼ、使うポジション、フレージング,運指が決まっても、
また、楽譜を見ると新しいアイデアや間違いが出てきます。

だんだん弾き込んで行って、何回弾いても決定版の運指や音楽表現が出来たと思って、
何日か弾かなくて、また久しぶりに弾くと、何箇所もさらに、手直しの箇所が出てきます。

そして、暗譜で弾ける状態までになっても、と言うか、その状態になったからでしょうか、
また、音楽的にこうしたほうが良い、というアイデアが出てきます。

おそらく、この暗譜で弾ける状態で、弾き込んで行くと、ミスタッチが少なくなったり、音のつながり
が良くなる、メロディーがさらに歌えると言うことがあると思います。

でも、それが時には弾いている本人が気持ちよく弾ける方向に,練習していたり、
弾いていて気持ちの良い箇所を強調してみたり、音が出しやすいので音楽的には不要な、
フォルテを付けてみたり、リズムが自分のリズムになっていて、楽譜とは違う音楽になっていたりします。

これは、以前習っていた居合いでもそうでした。形など習って、自分で練習すればするほど、
自分流になってしまって、宗家から「自分流を作ってはいかん。基本に忠実に何百年と伝わっている
技を変えてはいかん」とよく言われました。何年やっても、5段、6段、7段になっても技のチェックはしました。
上段者になればなるほど、自分流が出てくるのです。

これは、一流と言われているプロの演奏でもよく感じます。
ギターではプロはもちろん暗譜で演奏をするのが当たり前ですから。

長い間,楽譜を見ずに演奏していて、自己流の音楽になってしまったのでしょう。

もちろん、その人でなければ、その人らしい演奏をしてくれる,その人にしか出来ない演奏をして
くれるので、演奏を聞きに行ったり,CDを買うのでしょうが、音楽的に間違ったことをしては欲しくないのです。
(私だけかもしれませんが,ギター以外の音楽では私と同じようの思っている人が,多いと思います)

もちろん、一流のプロの方の中には、一度楽譜を見るだけで和声分析も出来、音楽的なことは
全て分かり,一度弾くと暗譜が出来てしまう方もいます。そんな方は、この話では置いておいて。


私の場合は、暗譜が出来ても、暗譜で100回練習しても、音楽的な発見というか、
新しいアイデアはほとんど出てきません。

ただ、曲に慣れて,間違いなく弾ける、ということが出来るだけです。
逆に,音楽的には自分勝手な音楽になっていると思います。

暗譜が出来て、10回ほど弾いて、また楽譜を見ながら練習すると、いい加減に弾いていた所
が分かったり、新しい運指やアイデアが結構出てきます。

感覚的には 100回暗譜で練習するより,10回楽譜を見ながら練習するほうが
はるかに、音楽的な練習が出来ます。私は。

これは、あくまで、私の話ですので、違うと思ってられる方のほうが多いかもしれませんが、
楽譜の読み間違い、音の長さや付点を忘れていたり、リズムが違っていたり,と言う方を
よく見かけますので。

チェンバロでは、プロでも楽譜を見ながら演奏する場合が多いです。
暗譜が出来ないから、楽譜を見ているのではないのです。

楽譜を見ながら、音楽の構成、組み立てを考えて弾いてられると思うのです。

特に通奏低音では,ジャズのベースランニングと同じように、最低音だけしか,楽譜には書いていません。
旋律奏者の音を聞いて,瞬時に伴奏形を作って行くのです。

ちょうど、オーケストラで指揮者が本番までに,練習で音楽を作って、本番では練習したことを
人前でやるだけ,と言ってしまえば,語弊がありますが、練習で指示したことや、きっかけ、
を再度示しているだけと思うのです。

ギターで楽譜を見ながら、演奏すると言うことは,指揮者を見ながら,演奏している
のと同じようなことではないかと思っています。私は。そして、アマチュアにとっては。

人前で,暗譜で弾くために、ミスタッチを少なくするために練習したり、間違わないように
弾くために練習して,その結果音楽的な演奏からは遠ざかる、というのなら、
(ギター音楽にはなっているかもしれませんが)楽譜を見ながら、
音楽的な演奏を目指すほうが良い、と私は思うのです。

現在まで沢山の作曲家がいて、沢山の作品が作られています。
その中で、現在まで残っている作品、作曲家の作品は、みな天才の作品だと思うのです。

素晴らしい演奏家の公開レッスンなどを聞く機会があると、私が考える何倍も何十倍もの
アイデアがあって、作曲家はものすごいことを、山のように考えて作曲しているのだと、
よく感じます。

そんな天才が作った作品は、私達凡人は目を皿のようにして、何回も、何十回も、何百回も
見ないと、理解できないと思っています。

その為には、実際に音を出しながら、楽譜を見ることが良いように思います。私は。
それに、音楽の勉強をしなくていけませんが。

皆さんはどう思われますか?



  1. 2014/10/10(金) 01:44:58|
  2. ギター
  3. | コメント:1
<<忙しい、アマチュアのギタリストの方は、技巧的な練習はやめませんか? | ホーム | 思うこと いろいろ そして4万アクセスありがとうございました>>

コメント

終わりなき課題

楽譜を見ながらの演奏、大賛成です。

完全暗譜でも悪くはないのですが、もし本番で頭真っ白で止まってしまったら、、、、最後です。
楽譜を見ながらなら、問題ないです。

しかし、作曲者の意図は、本当のところ、勘所は楽譜を隅から隅を見ても理解できないこともあります。
まだ存命中の作曲者がいらっしゃれば、直に弾いてみて、感想をもらってアドバイスをもらえますが、物故者だともはや推定しかないわけです。

バッハ氏のリュート組曲をどんなに厳密な解釈をしたところで完璧はありえないし、完璧だと思って弾いたものが、実際にバッハが意図した演奏なのかは、もはや知る由もないです。バッハ氏は生きてはいないのですから。

 おそらくこういう感じなのだろう、、、、、という推量でしかない。

リズム、メロディー、ハーモニー、アゴーギグ等を楽譜どおりに、書かれているように弾いたとしても、作曲者の意図したものが本当にそのとおりなのかは、作曲者しかわからないのです。
 例えば、演歌を例にとりましょう。楽譜には、「こぶし」の指示などは書かれていない。だからといって、楽譜どおりの音符、リズムを拾って表現したとしても、演歌の味は出ないでしょう。やはり、作曲者の前で個人レッスンを受けて、歌唱指導を受けて初めて、作曲者の意図どおりの歌い方ができるのです。

ギター、リュートもそうではないでしょうか。特にバッハ氏の演奏は、実際にバッハ氏に、「こういう表現、弾き方でよろしゅうございますでしょうか?」 とお伺いを立てないと恐ろしくて弾けたものではなかったと思います。(作曲当時であったならば」。

ところが、現在はそれこそ十人十色のいろんなバッハ演奏があります。どれが正しく、間違っていると断じるのも困難です。現代は自由でよいのかもしれませんが、特にバッハ氏の曲を演奏するには慎重にならざるを得ません。プロが弾くから、その解釈、弾き方が正しいなどと簡単に評価もできません。
 だからバッハ氏の演奏は永遠の終わりなき課題なのかもしれないのです。私は少なくともそう思っています。
  1. URL |
  2. 2014/10/12(日) 19:47:09 |
  3. 猫 #O8klwcmk
  4. [ 編集 ]

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プロフィール

kogakki

Author:kogakki
ヴィオラ・ダ・ガンバ、リュート、チェンバロ
と言った、古楽器を仕事として製作して
30年以上になりました。

最近はギターに興味を持っています。
最初に作った楽器は、ギターです。
昭和42年でした。 18歳の時です。

古楽器製作家 平山 照秋 

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