古楽器製作家の思うこと いろいろ

昔の楽器製作家がそうであったように、様々な楽器を製作しています。そうすると、いろんな楽器の事が良く分かってきます。特にモダンギターについて考えていることを書かせていただこうと、思っています。

コメント をいただいて、そして岡本先生のこと

今回もコメントをいただいたお礼とブログです。 

CABOTINさん 無事帰国おめでとうございます。
今回も、いろんな場所での演奏だけでなく,コンクールの審査委員長の仕事までされて、
ご苦労さんでした。

タイミングよくというか、古楽器の奏法に近い、サムアンダー奏法の方が1位になられたとか。
いろんな奏法の演奏家が出てきて,いろんな楽器を使って、いろんな音楽を作っていく、
そんな時代になってくればいいですね。

lutenさんが書かれていたように、先生選びは難しいですね。
良い先生が見つかれば良いのですが、そうでない場合は大変です。

よく地方で,いい先生がいない、先生そのものがいないので、大変です。
また、やはり独学では限界があるので,基礎から先生について習いたいが、先生がいないとか。

でも、都会でもなかなか良い先生というのはいないと思うのです。
ピアノでもヴァイオリンでも,そう感じます。

昔から付き合っている,ヴァイオリン屋さんが言ってました。
「東京から来るお客さんは簡単で助かる。先生がこの弦を使えと言っているので、
この弦をください。と商売が出来る。その方の持っている楽器には,この弦は合いませんよ。
と言っても、先生がその弦を使えと言っているので。と言うことらしいのです。」

関西の人なら,自分にあった弦を探すのに結構時間をとられるのだそうです。


同じようなことを最近良く一緒に老人ホームなどを回っている,ヴァイオリンの先生から
聞きました。

学生時代に弦のお金を稼ぐのにバイトをしていたらしいのです。
それは、ヴァイオリンの弦はピラストロ社のオリーブという銘柄しか駄目なので、
弦代がとても大変だったとの事なのです。

オリーブは 2007年の定価表を見ていても、セットで2万円近い値段です。
これを、なんども変えていると、学生には大変だった,と思います。

弦くらいなら,何とかなるでしょうが、演奏まであまり良くない演奏法を教えてもらってしまうと
大変です。

それと、ヴァイスのファンタジアの演奏についても、また良い評価をしていだいて、
申し訳ないです。植木先生の門下だったら、もっと、
ちゃんとした演奏をしないといけないのですが。


ということで、音楽関係でとても、お世話になった(いまもお世話になっている)
先生のお二人目です。

音楽特に古楽、そしてギター関係の人にはおなじみの岡本一郎先生です。

 もう40年ほど前になります。ガンバもやっていましたが、ギターで弾いていたバッハ、
ダウランドなどをリュートで弾きたいと思い始めました。

関西でリュートをやっている人は、岡本先生しかいない時代でした。

リュートもなかなか入手出来ない時代で、
日本では、ギター製作家がほん の少しリュートを作っていました。

私は、野上三郎さんのリュートを手に入れリュートを始めたのですが、
いい先生がいらっしゃたら習いたいと 考えていました。

当時、仕事場が西宮だったので一番近い所に岡本先生がいらっしゃったのです。

初めて西宮仁川のお宅にお邪魔した時、
最初に「音楽を習うものとしてしないといけないことはきっちりして、
してはいけないことはしないでください。」
と当たり前のようですが、まず 言われました。

そして、するべきことが出来ない生徒がいたので、
今日も一人生徒を辞めさせたと聞かされました。

その当時、日本人で最初に、 大きな国際コンクールでファイナりストに残った
有名なギタリストの岡本先生ですので、当たり前かと思っていました。

でも、そのすぐあとに、「私も、リュート はまだこれから勉強しないといけない立場なので、
一緒に勉強しよう」と言われました。
こちらはまだ音楽を始めて数年の素人なのに。

私は本心では人に 教えてもらうことは好きではなかったので、
一緒に勉強しようと言われてとても嬉しかったのですが、
何も分からない私と一緒にやっていこうと言 われていますが、
本当に構わないのかな?と言う感じでした。

実際、練習が始まるとレッスンと同じようなことになってしまったのですが、
もう30年以上も前なので時効(という言葉はおかしいかもしれませんが)なので、
言ってもいいかもしれませんが、岡本先生には1円も月謝と言うかレッスン料は払って いないのです。

根が単純なのか言葉通りに聞いて。一緒に練習しようということで、
実質はレッスンでも。最初の3年ほどは二人でリュートの2重奏 をやらせていただきました。

 手に入る楽譜は全部やって、もうやる曲がなくなりました。
当時、大英博物館が一番多かったのですが、博物館からマイクロフィルム を取り寄せ、
楽譜を作って2重奏をやっていました。

そのころは、大英博物館に手紙を書くと1週間程度で、マイクロフィルムが届きました。
費用も、 国が補助していると言うことで200枚くらいのフィルムが数千円で送ってくれるのです。

世界中の楽譜の8割くらいがあると聞いていましたので。

そのうち、作曲家の名前も分からないので、
2リュートの楽譜を送ってくれという手紙でも楽譜を送ってくれました。

たまに2リュートがフリュートの楽譜になって いることもありましたが。

そのうち、大英博物館に無いことが分かっていても、問い合わせると、その楽譜は、
どこそこの大学の図書館に入っていると、 連絡がありました。

こんなことも、まだ、リュートを弾いている人が日本に10人ほどしかいなかった時代のいい思い出です。


そのうち、日本で最初のルネサンス、 中世のLPレコードを録音すると言うことになり
〈絆と言うタイトルで,LP2枚セットで販売されました)
リュートで録音を手伝ってほしいと言われました。

別に私が手伝わなくても、岡本先生がいらっしゃるので、リュートは録音できるのですが、
日本で始めてのLPと言うことで、私にも経験をさせて下さったのです。

あと、大阪芸術祭とか、大きな演奏会にダンスリールネサンス合奏団のメンバーとして
参加させていただきました。(アマチュアは 私一人だけでした)

また、20世紀初演となる〈多分)ニコラ・バレーのリュート4重奏も演奏させていただいたり。

そして、その後,30年以上、本当に何か とお世話になっています。
植木先生と同じでたまたま、近くにいらっしゃて、たまたまリュートと言う楽器を選んでおかげで、
30年以上お付き合い させていただいている岡本先生です。

でも、その当時は、一緒に演奏している岡本先生と言うことで、他のプロの音楽家は
岡本先生と言っていたのに、音楽の素人の私は「岡本さん」と呼んでいました。

今となっては、恥ずかしいことですが、そんなことも、岡本先生は全然気にしなくて、
付き合ってくださいました。

また、岡本先生らしいエピソードがあります。

昭和40年代の終わりだったと思うのですが、「御殿場でバッハを」と言う、講習会があって、
御殿場に当時古楽器をやっていた人がほとんど集まりました。

リュートはシェーファー先生です。

岡本先生も、一緒に受講しました。
角田隆さんがまだケルンの学生で,通訳で参加されていました。

岡本先生は、チャンスなので、自分が出来ないことばかりを、他の受講生の前で
レッスンを受けます。

そこで、レッスンが終わってから、角田さんに呼び出され

「平山君、あの岡本一郎さんは、あの岡本一郎さん?」
と聞かれました。

それで、私は

「そう、あの岡本一郎さん」

と答えました。

角田さんでなくても、有名なギタリストの岡本一郎さんなら、もう少し人前では
良いところを見せるのが、普通なのでしょうが、本当に自分が出来ない,苦手な
ところばかりレッスンを受けるのですから、あのヨーロッパでも有名な岡本一郎
さんかな?と思ったでしょう。

でも、そんな岡本先生だからこそ、私のような音楽初心者とでも、一緒に
勉強しようと言ってくれたのだと思います。






  1. 2013/07/20(土) 18:48:19|
  2. ギター
  3. | コメント:4
<<5月の展示会 | ホーム | ヴァイス ファンタジア >>

コメント

また、旅先の走り書きで失礼します。
岡本先生ともほんとうに古くからのつきあいです。といってもコンクールの審査でたまに
お目にかかる程度なのですが、一日楽しくワインの話などをしています。
世代はぼくとはちがうんだけれど ちかい共感があります。
先生の話から僕が無断でよく流用するものがあります。
「世の中に良い先生は存在しない、よい弟子が存在するだけ」名言だなと思います  たぶんフランス箴言だとおもうのだけれど。
べつの尊敬する師から教えられた心得「師匠の役割は弟子に迷いを与えることと、勉強の仕方を教えること」肝に銘じています。
自分が勉強してなくては、迷わすことも、方法も教えられないから、弟子よりもたくさん練習をして勉強をする、
という簡単な生き方にたどりついています。
  1. URL |
  2. 2013/07/21(日) 16:19:00 |
  3. CABOTIN #ArGM.iJY
  4. [ 編集 ]

 お懐かしい名前がありました。シェーファーさんのリュート講座は、狂ったように読んだ覚えがあります。当時、ギター誌に、受講者として、平山様ほか、今もリュート会を牽引しておられる先輩もおり、昨日のことのように思い出されます。
 受講写真の中に、平山様のお姿もあったような?野上さんのリュートをご所有されていた頃ではなかったでしょうか。
 当時はとにかく、シェーファーさんが持ってきた、ニコー、ゲーストといった歴史的リュートに夢中だったこと、シェーファーさんの仰るひとこと一言の注意、助言を大学ノートに書き込み、何回も読み返しては忘れまいと必死でした。なにしろ、あのゲルヴィッヒさんの愛弟子であるシェーファーさんですから。
 日本リュート界に夜明けをもたらした偉大な方であったと今でも強く思っています。それは、リュート制作、音楽、奏法、歴史観すべてにおいて日本人を覚醒させてくれた人といってもよいかもしれません。
 残された録音が非常に少ないのですが、その教えを受けた日本人奏者は、今も現役で頑張っておられる。平山様もその1人です。
 偉大なシェーファーさんの教えを長く、伝え、継続してほしいという思いで一杯です。
 当時熱心に受講していた青年たちの熱い情熱は、今の日本の若者には無いものを感じます。例えるなら、松下村塾に集まって勉学に勤しんでいた若き志士たちのようです。
 私には濃縮されて薄まることのない青春時代の思い出です。
  1. URL |
  2. 2013/07/25(木) 10:32:08 |
  3. いにしえびと #-
  4. [ 編集 ]

懐古

良いお話です。まず、生徒が入門しようとする時は、現在ではほとんど皆、受け入れだと思いますが、止めさせる先生とは、勇気あるといいますか、思いやりがあるというべきか複雑なものがあります。
 昔はそういう先生がおられたのですね。そういえば、渡辺範彦先生のところも、入門テストがあったとか聞きますね。その人のことを思えばこその英断なのでしょう。
 現在の各種の楽器の先生は、入門したいと言えば、皆、喜んで受け入れる人ばかりでしょう。
 時代の変化でしょうか。熱しやすく醒めやすい日本人、いや少しきついことを言われると、すぐ腐る若者に、本気で怒ることがどこも少なくなったと思います。

 今の学校教育でも同様ですね。非常にデリケートになってきています。ちょっとした言葉が、名誉を傷つけたとか、言葉の暴力とか、本気で人間の教育ができにくい環境だと感じられます。
 みな、おっかなびっくりという感じです。教育の現場ではノイローゼになる先生もおられるようです。

 昔のギターや、リュートを習う人は、熱かったし、教える先生も熱血マンでした。良き時代の頃が懐かしいです。

 たしかに、いにしえびと様の言われるように、70年代のGギター誌には、現在にはないような、講習会での真摯な若者の姿がありますね。目に力があります。
 良き時代でした。ほんとうに。
  1. URL |
  2. 2013/07/27(土) 22:15:59 |
  3. gavottenⅡ #-
  4. [ 編集 ]

5月の展示会

こんばんわ。
 そういえば、今年5月の展示会の件でございますが、その後、様子はどうでありましたでしょうか。
 あいにく行けなかったのですが、展示楽器の評判、試奏、デモ演奏の様子などお聞かせ願えれば幸甚でございます。
  1. URL |
  2. 2013/07/29(月) 21:41:00 |
  3. 老紳士 #-
  4. [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

kogakki

Author:kogakki
ヴィオラ・ダ・ガンバ、リュート、チェンバロ
と言った、古楽器を仕事として製作して
30年以上になりました。

最近はギターに興味を持っています。
最初に作った楽器は、ギターです。
昭和42年でした。 18歳の時です。

古楽器製作家 平山 照秋 

最新記事

最新コメント

月別の記事です

カテゴリ

ギター (338)
演奏会 (10)
その他 (21)

私へのメールはこちらから

名前:
メール:
件名:
本文:

訪れてくださった方々

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR