古楽器製作家の思うこと いろいろ

昔の楽器製作家がそうであったように、様々な楽器を製作しています。そうすると、いろんな楽器の事が良く分かってきます。特にモダンギターについて考えていることを書かせていただこうと、思っています。

音の延達性その他

コメントいただいて、ますます面白くなってきました。

このブログを作っていなければ、このように考えをまとめることや、
他の方の意見を聞く機会は少なかったと思います。

ギターのサウンドホールでの端の処理、と言うか強化はとても厄介で面白い問題だと思っています。
小さなトルナボスをつけているギターを見かけますが、作った方はトルナボスと認識されていますが、
自由端の補強に役立っている場合が多いように思いました。

位相については、ギターどころではない大きな障害を見ているので、あまり意識はしていませんでしたが、
楽器の構造を変えたり、バスバーやその他、大変なことをしても、位相が合ってしまっては、
苦労が水の泡、と言うこともありますので、注意したい点です。

よく、ギターでウルフのことを取り上げる作家がいますが、これもギターではかわいいもので、
ガンバや、ヴァオリン、チェロではもっとすさまじいウルフが発生していている楽器があります。
よい楽器で、良く鳴る楽器ほどウルフも大きくなるようで、擦弦楽器では大問題です。

ということで、位相での大問題が起こるのが、チェンバロです。

実際沢山経験してきました。

チェンバロは2段鍵盤だと、8’の弦が2本張っています。
1段の楽器でも、8’2本の楽器もありますが。

この2本の弦は同時に鳴ると、鍵盤が極端に重くなるので、少しずれて鳴るようにしています。
そして、このずれと調律の関係です。(このずれをスタッガリングと呼んでいます)

かなり、以前の話ですが、関西でも当時トップの調律師でチェンバロの調律でも有名な人でした。

このベテランの方が、調律してベテランの演奏家が弾くと、8’シングルの音より、
8’2本のほうが、音が小さくなってしまうのです。

調律している時に聞くと、8’2本の音は大きいのです。
でも、演奏家が弾くと、音が小さくなってしまうのです。

これは、まさに位相が合ってしまってというか、反転した位相が合ってしまったのです。

調律師の方より、演奏家の方のほうが打鍵のスピードは速いので、そうなったのです。

ですから、この演奏家が良く言っていました。

「時間が無くて、急いで調律してもらうと良いのだが、時間をかけてしっかり調律して
もらうと、音が小さくなる」と。

演奏会も後半になると、適当に調律がずれてきて、音が大きくなりました。

ギターでは、位相についてここまで極端な例はあまり見ませんが、楽器によっては
あるようです。

そして、この位相が合ってしまう例は、オルガンでもあります。

関西のホールに設置されたオルガンで、オルガニストがカプラーを入れると、
音が小さくなってしまうのだけど、音色として変えたいし。と言う話を
良く聞きました。

チェンバロでもオルガンでも位相のことを気にしていない人がいるようです。

と言うことで、ギターの魂柱は、音のバランスをとったり、低音弦のあばれを
押さえたり、位相の反転を防ぐと言う意味がありそうですね。
音の増大よりは。

後、音の延達性では、正弦波は音が通りにくいと、とられてしまったかもしれませんが、
弦の振動の形を言いたかったのです。

楽器によっては、かなり純粋な正弦波でも、音が通ると言うことはあると思います。

これは、cabotinさんがおっしゃているとおりです。

もっと、卑近な例では、リコーダー、それもソプラノリコーダーなどは、まさにそうだと思います。

これが,アルトリコーダーになると、ソプラノよりは音が通りにくくなります、
音域の問題もあるのでしょう。また、聞く人の耳の問題でも。

チェンバロの入ったアンサンブルの録音を聞くと、会場ではあんなに聞こえていたのが、
録音すると小さな音しか入っていない場合が多いです。
また、会場の雑音がしているのが、気になったりします。

これは聞くほうが、耳にフィルターをかけているからだと思います。

リュートを、たまにピアノの発表会で弾くよう頼まれます。
発表会ですから、小さなお子さん、お年寄りもいらっしゃいます。

一番印象に残っているのは、友人の生徒さんの発表会で、神戸国際会館という
大きな会場で、弾かせていただいた時です。

ピアノに比べてはるかに小さな音のリュートを、最後まで皆さん静かに、熱心に
聞いてくれました。友人の指導もよいのですが、小さな音だと、聞こうとして
耳を傾けてくれます。

逆に小さな音だからと,PAを入れると、あまり聞いてくれないこともありました。

フェルメールの絵のように、小さくて少し焦点が合っていないような絵は、
はっきり見ようと、集中するのと良く似ている気がします。

これも少し前の話ですが、京都の演奏会で、cabotinさんが演奏された、何週間後に
オリジナルのトーレスを2台使った、有名なギタリストの演奏会があったときの話です。
同じ会場で、それも響きのかなり良い会場です。

cabotinさんのパノルモに比べて、10分の1くらいしか鳴っていなかった、トーレスの音を
休憩時間のお客さんの話を聞くと「さすが、トーレス、ホール中に響いていたな!」と言われていました。

これなども、フェルメール効果で、集中して聞いた結果、大きな音に感じたのかもしれません。
もちろん、先入観も合ったと思いますが。

何でも、思い込みは良くないようですね。


それと、前回の楽器と演奏で延達性は変わると言う話の続きですが、
左手の、問題もあると考えています。

私は音楽は右手で、音は左手で作る、と思っています。(もちろん、音を作るのですから右手は大切ですが)
左手の使い方、左手がしっかり良い場所で押さえることが出来ていない演奏家は延達性は悪いように思います。
延達性だけでなく、音楽も問題になりますが、ルーズな左手の演奏家が増えてきたように思いますが、
皆さんどう思われますか?



と言うことで、私も、思い込みで判断せず、皆さんのお話も聞かせていただいて
柔らかい頭でいようと思います。

また長くなってしまいましたが、これからも、よろしくお願いします。







  1. 2013/03/25(月) 13:04:03|
  2. ギター
  3. | コメント:5
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コメント

たしかに、思い込み、先入観は恐ろしいです。日本人は特にそのような傾向があるように思います。
 とかく、舶来製というのに弱いです。ギター属、リュート属でも、演奏会でのプログラムが事前に配布されますが、親切なものには、使用楽器がちゃんと書かれています。
私はあれは好きではないです。聞き手に余計な先入観を与えます。(必ずといってよいほど)比較的、人の良い日本人は好意的に受け止めます。「さすが、トーレス、本家は違う!。さすがハウザー、セゴビアが20年も使うわけだ!さすが、・・・・・・」
 きりがありません。
 バイオリンもそうです。プロの演奏会でも、ガルネリ、ストラド使用・・などとプログラムに記載されれば、我をも先にと会場へ飛び込みます。音がどうとかは申しませんが、あまりに先入観にとらわれて、物の真価を誤って受け止めているケースが多くあります。
この事は、楽器だけではありません。所謂、高級嗜好品とか、腕時計、車、家具等、全てに言えることです。
 私は、自分自身が実際に経験して実感したものに対して評価をしようと努めていますが、悲しいかな、やはり先入観に襲われてしまいます。楽器だけは、人が言うからとか、あのプロも使用しているとか、に捉われず、耳で聴いて本当に良い名品を入手したいといつも思っています。
  1. URL |
  2. 2013/03/25(月) 18:52:40 |
  3. gavottenⅡ #-
  4. [ 編集 ]

左手も音楽を作るとのお話は、そうだと思います。特にそう感じるのは、ビブラート、モルデントなどの時です。音楽、特に古楽分野は、これが効果的にやれる人の演奏はここちよいと感じます。モダンと古楽では少々やり方が違いますが。
 つまり左手のテクニックが未熟な奏者は、必ずスラーや、トリル、モルデントの類に欠点が出ます。技術練習の要諦がわかっている人は、アルぺッジョ、スラー、トリルの練習をよく行います。(スケール以上に重要な要素です)
 もちろん、フレットのそばを押さえるということは常識で言うまでもありませんが。

 音楽を作るうえで、さらに付け加えますと、右手のタッチほど奥深く、研究のしがいのあるものはないと思います。理想のタッチの追求で、ギター人生の半分を費やすといっても過言ではありません。
 リュートは調弦で人生を費やすとか言われますが。タッチの問題もかなりのウウェイトを占めると思います。その証左に、ホピーの講習会などでは、曲の1小節も進めないで、タッチの演習だけで講習会が終わってしまったという人もいるほどです。それほど良い音色を得るために、プロがいかに良い楽器を入手するかという問題と、タッチにこだわっているかということに注意を向ける必要があります。

 自分の経験を踏まえて、先入観に関して思うところなど。 
 楽器の銘柄は何?と、ほとんどの演奏会などで必ず聞かれます。それが国内外の有名な制作家の手になるとなると、「やはり音色が違いますね。」 などという感想が聞かれます。だけど、よく考えてみますと、一般人が「音色が違いますね」 などと、わかるのでしょうか。それこそ数百台も試奏して経験ある演奏家が言われるのならまだ納得ですが、こういう経験からも、いかに先入観で楽器を判断してる人が多いのかわかります。(社交辞令もあるでしょうが)
 私も、物の判断に先入観の支配がいかに大きいか思いしらされています。日常の生活でも本物を見極められる目を養いたいと思っています。
  1. URL |
  2. 2013/03/25(月) 20:42:19 |
  3. trio #-
  4. [ 編集 ]

ずいぶん前に、ストラドバリウスはどれだ、という本物を当てる試験があった。本職の演奏家がブラインドでやっていたと思う。実験では、現代の新作、本物、ややオールドなどごちゃまぜで行われた。結果、選ばれたのは、現代物だった。
 かように良い音色とかいう判断基準はあいまいで、思い込みとか、先入観ほど怖いものは無い。
 我々の周りを見回しても、こういうようなことはザラであると思う。ひやかしで、よく楽器専門店(ギターなど)に行くが、趣味でギターを弾くオジサンが超高額な名器を試奏させてくれといって、弾いてる場面に出くわすが、批判的な感想を聞いたことがない。お店の楽器だからかも知れないが、名器はやはり違う、といった感想が大半だ。
このようなギターも、ブラインドで製作者をわからなくして、どれが良いと思うかと実験したら、以外にも、量産ギターが選ばれたとなるかもしれない。数百万円と5万円クラスのギターで、5万クラスが選ばれる可能性は充分ある。いやほんとにそうなるかもしれない。(量産といっても、いくらまでが量産かは疑問があるが)
 平山さんのように耳でしっかり聴ける方なら、そういうことはまずないと思うが、一般素人、あるいはプロ演奏家だって間違う可能性十分ある。
 
 昔の剣の達人は、目をつむっていても、背後の気配や殺気を感じとることができたという。余計な雑念を全て排して、嗅覚、聴覚を研ぎ澄ました境地にこそ、本物を見極められる能力を養えるのだと思う。まさに剣の心得のある平山様は、一般人にはとうてい見極めることのできない物の真贋を見抜く力がおありだと思っています。長い演奏と製作経験からくる直感とインスピレーションは大事なことだと思う。

 最後に、左手のルーズな演奏家が増えているというのは実感されます。右手偏重、左手軽視の習慣からくるもので、幼少期からの指導者の教育がなっていないからだと思う。右手タッチ重視というのか、右手は最小の動きをまずしていない。動きすぎて無駄が多い。曲の運指でも最小の動きとなるような配慮がない。指を上げすぎている。したがって効率的に動けず、速さが伴わない。適切な速さが伴わないので妙な「間」となって不自然に聴こえる。セゴビアを例にあげると、実に左手の動きに無駄がない。全く動いてないかのようである。最小の動きだからだ。
 ギターの指導者、演奏家はもっと見直してみるべきであろう。
  1. URL |
  2. 2013/03/26(火) 10:26:06 |
  3. okboyage #-
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加熱してますね。
 僕も名器なる楽器を所有してますが、これは自分の耳で選びましたよ。
なんでも先入観で考えるのはどうかなと思いますね。それこそ先入観では?
  1. URL |
  2. 2013/03/26(火) 14:06:24 |
  3. にし #-
  4. [ 編集 ]

こんにちは。

「小さな音だと聞こうとして耳を傾けてくれる」

クラシックのギタリストではないのですが、アコギで主にIRISH TRADをオープンチューニング(6弦から→CGDGCD)で演奏しているEl McMeenさんが同じ考えを語っておられました。

ガツンと鳴れば鳴るほど良いのだ!とばかりに強いタッチで弾ききる鉄弦ギタリストが多数を占めるなか、生で聴く氏の演奏はその逆で異彩を放つ繊細なものらしいです。
その奏法の意図するところ理由をご本人に訊ねたところ、今回平山さんが記されているようなことでした。

いつかの東京国際ギターコンクールで、総評で何方かが「皆さんもっと大きい音で弾かなきゃだめだ」 みたいなことを特に強調されてて、びっくりしました。

随分前に、思想家の(故人ですが)太田龍氏にお会いしたとき、当時パンクロックを好んで聞いていた僕に
「あのね、大きいことはいいことだという考えが現代の主流になってますけどね…私は音楽の電化/機械化も西洋の功罪の一つだと思いますよ。
人々はかつて聞こえていた音さえも今は聞こえなくなってますよ。
元来は音にならぬ音を聴くのが音を楽しむことなのに!」と熱く語っておられたことの意味を自分はいま捉えなおしています。


下手な文章ですみません


  1. URL |
  2. 2013/03/26(火) 14:48:54 |
  3. 原敬 #-
  4. [ 編集 ]

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プロフィール

kogakki

Author:kogakki
ヴィオラ・ダ・ガンバ、リュート、チェンバロ
と言った、古楽器を仕事として製作して
30年以上になりました。

最近はギターに興味を持っています。
最初に作った楽器は、ギターです。
昭和42年でした。 18歳の時です。

古楽器製作家 平山 照秋 

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