古楽器製作家の思うこと いろいろ

昔の楽器製作家がそうであったように、様々な楽器を製作しています。そうすると、いろんな楽器の事が良く分かってきます。特にモダンギターについて考えていることを書かせていただこうと、思っています。

ぶんぶんぶん 蜂が飛ぶ


タイトルだけでは何のことか分かりませんが、
音楽、演奏に関することです。

すこし、誤解されそうなところもあるので、時間があるときにブログにさせていただこうと
思っていましたので、この時期になりました。

私は、楽器製作が専門なので、音楽に関しては素人です。
でも、仕事中は音に関する仕上げとか、調整以外はずっと、音楽を聴きながら仕事をしています。
音も、来た人が皆感心されるほど、歪もなく聞きやすい音で聞いています。

聞くだけなら、音楽家以上に聞いているかもしれません。音楽家は演奏をしないといけないので
聞いてばかりは出来ないでしょうから。

ということで、音楽に関して少し書かせていただきます。

昨年、西垣さんに一番新しいギターをゆっくり弾いてみたいからと言われて、
ギターを持っていって、いろんな曲を弾いていただいて、感想をお聞きした時のことです。
(ギターに関しては以前のブログに書かせていただいています)

生徒さんに 長いこと、「ぶんぶんぶん 蜂が飛ぶ」ばかりレッスンしている人がいて、
その生徒さんが「ぶんぶんぶん 蜂が飛ぶ ばかりやっていますが、なにか役にたつのですか?」
質問してきたそうです。
それに対して、西垣さんは「ぶんぶんぶん 蜂が飛ぶ が弾ければ 何でも弾ける」
と答えたそうです。

私もそうだと思いました。

私が最初にギターを習った先生は 渡辺範彦さんを育てた、「植木義法」先生です。
(植木先生のことは私のHPで詳しく書かせていただいています)
渡辺さんや1年少しでコンクールで1位になった、平島謙二さんを育てた方法も
西垣さんに近い方法だと思います。

まず単旋律で、音楽を作れるようにする。

先生の奥さんは声楽家だったので、「ギターは旋律楽器なので、歌うことが一番大事」
ということで、お家に遊びに行くと、沢山ある歌やチェロなどの旋律楽器のLPで聞かせていただきました。
それも、先生が作られた、素晴らしいスピーカーに、アンプ、ターンテーブルで。
(そのおかげで、私も最初のオーディオは自作のアンプ、スピーカー、ターンテーブルでした。
先生に作り方も教えていただいて。学生だったのでお金はないが時間はありましたから)

単旋律の音楽を、正しいリズムで、そして音をつなげること、音に隙間が相手もいけないし、
ダブってもいけない。それは、歌だとありえないことだから、と教えていただきました。

最近、私にもガンバのお弟子さんが出来ました。もちろん演奏の。
その方に、ヨーロッパの歌の女王と言われている、ナナ・ムスクーリの禁じられた遊びや
アルハンブラの入ったCDを聞いてもらって、このように歌ってください、と言ってました。
そうすると、西垣さんも同じように、ナナ・ムスクーリのcdを聞かせているとのことでした。
ムスクーリのアルハンブラのようにギターが弾けたらなあ!と思ったのが最初でしたら。

単旋律の曲が終わると、また長いこと、2声の曲を勉強します。
ギターの方で、2声の曲が2声になっていない演奏家が多いように思います。
他の楽器ではあり得ない事なのですが。

もちろん、大きな音で、また綺麗な音で。
小さな音だと、ごまかしてしまうから、基本は大きな音で。
大きな音で汚い音だと自分でも気づくでしょうから、まず大きな音で弾くことを教わりました。

単旋律や2声が終わると、もう難しい曲に入ります。

それこそ、西垣さんが言われる、「ぶんぶんぶん 蜂が飛ぶ が弾ければ 何でも弾ける」と同じこと
です。(西垣さんが言われていることは少し違うかもしれませんが、私はこうとりました)

よく弾いた曲が ヴァイスのファンタジアです。

この曲でも、声部の弾き分けを更に習います。

私が今も、ほとんど練習もしないで、あつかましく人前でリュートやガンバ、ギターを弾いて
られるのは、「ぶんぶんぶん 蜂が飛ぶ」のような曲を長いこと教えてもらったからだと思います。

リュートの曲や演奏会で弾かれる曲は、ギターのテクニックで言えば、かなり初心者の曲も
プロが人前で弾いています。
ギターだったら、「そんな簡単な曲だったら、金返せ」と言われそうな簡単な曲です。

それが成り立つのも、「ぶんぶんぶん 蜂が飛ぶ が弾ければ 何でも弾ける」理論が
あるからでしょうか?

ギターの人に比べて、簡単な曲でも歌っている人が多いので、聞くほうはそれで充分満足できるのです。
後は、楽器の魅力も手伝っているからなのでしょう。

最近、やっと 無線ランを使い始めて、仕事場でもユーチューブが見れるように、
聞けるようになりました。

CDが発売されていると、買うことが出来ますが、CDは出していないが、聞いてみたい演奏家の
映像が結構沢山あります。

仕事しながら、聞いていると(もちろん外部スピーカーで音は良くしています)
「ぶんぶんぶん 蜂が飛ぶ 」が弾けていない演奏家が多いのに気がつきます。

音楽的なことでなくても、左手が動いていなくて、大体のところを押さえていて、
なんとなく、音が出ている演奏家も多いようです。
私は昔から、「音は左手で作るもの、音楽は右手で作るもの」と思っていました。

名前がまだ出ていないが、もっと出て来ても良い演奏家と言われている演奏家も
聞くことが出来ました。
でも、出てこれない理由が不自然な音楽とか、しっかり音が出ていないとか、にありそう
な人もいました。

4部音符から8部音符になったり、16部音符になると早くなる。
アマチュアでも良くあることですが、プロの方でも、そんな方がいます。

たとえば、カバティアーナで上降する音形では早くなり、下降する音形では
インテンポになる人とか。

ユーチューブにアップしているので、自分でも聞いているのに、分からないのかな?
と思ってしまいます。分かっていれば、アップしないと思うのですが。


いろんな話をしていて、演奏と楽器製作に共通していることも、再認識しました。

西垣さんが演奏で大切なことは とにかく大きな音が出ること
(これも誤解がありそうですが、もちろん綺麗な音で、中身のある、左手もしっかり押さえられている
  事などは前提条件ですが)
聞いている人に聞こえなければ、いくら良い演奏でも聞こえなければ、何にもならないから、と。

西垣さんから楽器について最も大事なことは、と聞かれて「良く鳴ること」と答えました。
これも、ただ音がが大きいだけはないことはお分かりだと思います。

本当に鳴らないギターや、鳴らないチェンバロ、鳴らないガンバ、鳴らないリュート
などが多いと思いますので、「まず鳴ること」と答えました。

ぶんぶんぶん 蜂が飛ぶ を満足に弾けない演奏家も問題かもしれませんが、
ぶんぶんぶん 蜂が飛ぶ がちゃんと、弾けるようなギターを作って行きたいと思っています。

少し、演奏家でもないのに演奏のことを書かせていただきました。














 
  1. 2013/01/11(金) 19:25:24|
  2. ギター
  3. | コメント:13
<<弦長 59センチのギター完成 | ホーム | 弦の話(昭和20年代)>>

コメント

歌こころ

含蓄のあるお話です。
 楽器はなんであろうと、歌こころは大事です。基本は単旋律にいかに心を致すかでしょう。そしてそれを取り巻く第二、第三の旋律があり、ひとつの歌の世界が表現されるのだと思います。
 かつて、セゴビアは曲に関して、メロディーがよく歌えるように第二弦にメロディーを取り、たっぷり甘く聞かせるような編曲をして弾くことがありました。開放弦で弾かれる指示があるにもかかわらずです。また、和音を弾く際にも第一弦を微妙にビブラートを掛けるなど、色を添えることも忘れなかったのです。
 偉大な芸術家の演奏方法を観察(観て、聴いて)してみると、やはり歌わせることに最大の関心を持って弾かれているのが本当によくわかります。
 アマチュアがアマチュアである所以は、指が動くとかの次元ではなく、そいうところが表現できない、理解できないことに原因があると思われます。
 演奏は、弾く前に、自分で歌ってみるのがよろしいと思っています。声に出して歌えないのに弾ける(正しい意味で)わけがありません。ソルフェージュの素養も必要でしょうが、まず声に出し、バスのライン、メロディーを別々に歌ってみることが大事です。歌こころは、そういったところから始めるのがよいのではないでしょうか。
  1. URL |
  2. 2013/01/12(土) 13:51:16 |
  3. 落葉の旅人 #-
  4. [ 編集 ]

ぶんぶん

私も音楽の表現は、シンプルな単旋律が基本と思います。まあ、常識だと思うのですが、プロの演奏家でもなっちゃいない演奏が多いのは事実ですね。そう思います。
 古楽、とりわけリュートに関しても音価以外にも、倍音の響きを活かしてあえて鳴らしておく、響かせておくことも必要となることもあります。
 奏者の中にはギターから転進した輩も多いと思いますが、ギター時代に基本をおろそかにした者は、たいてい古楽においても音楽的欠点を持っていますね。結構、地方にも出かけてコンサートや発表会等の演奏会を聞く機会がありますが、エッ、この人ほんとにこれで人前で弾く勇気があるもんだなあと、ある意味感心することもあります。
 演奏会は本人が楽しめればそれでよいのは確かですが(お金をとらずは最低条件)、聴く人がいるということを考えるなら、来てよかったと思えるような演奏を追求するのは奏者の責任でもあります。
 ぶんぶんぶん蜂が飛ぶの話を読んでて、ステージに上がる人の一層の研鑽を望みたいと思った次第です。
  1. URL |
  2. 2013/01/12(土) 22:40:59 |
  3. 黒猫 #-
  4. [ 編集 ]

落葉の旅人さん

コメントありがとうございます。

おっしゃるとおり、メロディーやバスラインを歌ってみて、ギターでもまず、
メロディーだけバスラインだけが歌えるようになるまで練習をするのが良いと思います。でも、ほとんどのギタリストは、旋律だけを弾いてもらうとリズムも悪くなり、歌えていない人が多いように思いました。
そしてアマチュアの人は、どれが旋律、メローディラインか分かっていない人も多く見かけました。

このブログが出来れば、楽器を作っている人、それも若い人に読んでもらえたら、
と思って書き始めたのですが、いろんな方に読まれているようで、ありがたく思っています。

楽器を作っている人で、私のようにあえて先生にはつかず、プロで製作している方は
少ないと思います。
そして、どうしても先生から教えてもらったことに、囚われている人も多いのでは
ないかと考えて、違うアプローチもあるのだと言うことを、そして自分で考えると言うことを大切にして欲しいと思って、書き始めました。

同じようなことをアマチュアの音楽家にも感じます。

練習時間も少ないし、そんなに素晴らしい先生が沢山いると思えませんので、
良い音楽を沢山聴いて、簡単な曲(そんなにテクニックの練習をしなくて
仕上がりそうな曲)を選んで、歌うことに神経と耳を向けることが出来れば、
聞いている人にも、聞いてよかったと思える演奏が出来そうな気がします。

友人と言うか大先輩なのですが、東京芸大の声楽を出て、メキシコに行ったり
少し変わった経歴の声楽家がいました。(今はカナダに行ってしまいましたが)
学生コンクールの審査員程度はしている方です。

その彼が、「最近、フルートとかヴァイオリンの生徒が増えているんだよ。
歌うこと、楽器で歌わせることを教えて欲しいと」その生徒さんたちは
フルートや、ヴァイオリンの先生だと、歌うことを教えてくれないから、
歌の先生に習いたいと言うことらしいのです。

話が横に逸れたようで、いただいたコメントのコメントにはなっていなくて、
すみません。
アマチュアの方にこそ歌うことを大切にしていただければ、と思います。



  1. URL |
  2. 2013/01/13(日) 00:20:31 |
  3. こがっき #-
  4. [ 編集 ]

黒猫さん

コメントありがとうございます。

演奏のプロの方からのコメントでありがたく思います。

製作はプロですが、演奏はアマチュアの私が偉そうに演奏の事を書いてしまいました。ですが、楽器は音楽を演奏するためのものですから、演奏が音楽が分かっていなければ良い楽器は作れないと思っています。

そのためには良い音楽を沢山聞く、演奏家の方に音楽の話を聞くことが一番大切なことだと思っています。

楽器製作家に楽器の作り方を教えてもらっても良い楽器は出来ないとも、私は考えていますので。

楽器によって、アマチュアの演奏の良くないところが違うように思います。

ピアノは音が汚い人が多いです。それは、とにかく力を入れて弾くことずっと習ってきているからだと思います。日本では音大を出るとプロ、みたいな意識がありますが
ほとんどのプロと呼ばれるピアニストは力が入りすぎて音が出ていないようです。
ただ、音は大きいですが。

ヴァイオリンはとにかく曲を弾かないといけないので、音程なんか気にしていたら、
曲なんか何年かかっても弾けないとばかり、音程無視の音楽を聞かされます。

それぞれの楽器の個性もありますから、一概に言えないと思いますが、
その楽器だけの常識をあまり大切にしていると、本来の音楽から離れていくような気がします。

では、ギターはどうでしょう。

音楽的なことが無視された演奏が多いように思いますが、どう思われますか?
とりあえず、音楽的にそんなに間違ったことをせず、歌うことが出来る演奏が
多くなれば良いのにと思います。どうでしょうか?

また、音楽についてえらそうなことを書いてしまったようで、すみません。





  1. URL |
  2. 2013/01/13(日) 00:58:25 |
  3. こがっき #-
  4. [ 編集 ]

歌うことや語ることは大切ですね。

40年も前ですが、松田晃演先生の講習会に参加したり教室で数回レッスンを受けました。

初回のレッスンで曲名の記憶が定かではありませんが演奏会用の曲を私が弾いた後で、先生の指示された曲は『ちょうちょ ちょうちよ』と『Sorの作品60の1番の単旋律の練習曲』でした。1つ1つの音のタッチを実演しながら教えていただきました。言葉での説明はありませんでしたが、歌うためにはこういうタッチで ということだったと思います。貴重な経験でした。
  1. URL |
  2. 2013/01/13(日) 02:51:28 |
  3. HSPT #Yqf9uHks
  4. [ 編集 ]

HSPT さん

コメントありがとうございます。

植木先生も一応、松田晃演先生のお弟子さんです。
その当時(45年ほど前)松田先生のお弟子さんで、神戸では
植木先生、大阪では鷹野先生が良い先生として、私達の間では有名でした。

鷹野先生の門下では、平島さんと同じ、コンクールで1位になった、林欽弘さんが
いらっしゃいます。林さんはその後演奏家にならずに、ロッコーマンからS・I・Eを作られ
社長になられています。

HSPT さんのコメントで思い出しました。
私も最初の曲は、ちょうちょう だったかもしれません。
その後、ソルの単旋律のエチュードでした。

その当時、音楽の友社から、ソルのエチュード集が出ていて、セゴビアの20の練習曲のように、難しい曲でなく、ソルの単旋律の簡単なエチュードから全て載っていました。当時も使われていた、カルカッシなどの教則本と違って、簡単な単旋律から2声の曲が沢山あって、とても素晴らしく良い本でした。

最近も同じような本がないかと探したのですが、見つかりませんでした。
どなたか、ご存知の方は教えていただけませんでしょうか?

このエチュードで長いことレッスンを受けたことを思い出しました。

そして、教則本は同じく 音友社の「実用ギター教則本」松田二郎著
です。

これも素晴らしい教則本で、簡単な曲が沢山載っていて、少しずつ
難しくなっているのです。

左手の使い方も、図解で載っていました。

こんな教則本は今でもない様に思います。
再販されれば良いのに、と思っています。

私の場合は、植木先生から ちょうちょう でかなり詳しく言葉で説明を受けましたが。


  1. URL |
  2. 2013/01/13(日) 10:47:42 |
  3. こがっき #-
  4. [ 編集 ]

話題とちがってしまいますが・・ 三和さんとしひとときをいただきありがとうございました。たのしかった。
通奏低音話や知人の話 とてもたのしく過ごしました。
私達のころは多くの人が通奏の即興につよかったのだけれど
だんだんフランスでもきちんとした教育をしなくなったので下降線、しかし三和さんの話ではまた再興しているとのこと安心しました。実践うらばなし・・どのあたりの編成からいんぷく五度を無視するか? ちょっと笑える話でたのしくすごしました。
次回はぜひ丹波遠足でもまいりましょう。
  1. URL |
  2. 2013/01/17(木) 00:29:25 |
  3. CABOTIN #ArGM.iJY
  4. [ 編集 ]

私は、演奏も出来ないし、楽器を製作することも出来ない、ただ聴くのみの人間です。

ピアノだけの話にしますが、CDを聴いたり、コンサートでピアノ演奏を聴いたりするときの、演奏家の尺度は、音が生きているか?
それを尺度に巧いかどうか判断しています。
ちょっと乱暴な方法かもしれませんが、音楽家でないので、楽譜は理解出来ません。 それで判断するか?と言われるかもしれませんが、一音一音の躍動と言うか、音が存在しているかで音楽が楽しく聞こえるか、そうでないか、分かれるのだと思うのです。

それが、平山さんの仰ることと、なにか繋がっているように、感じるのですが、私の音楽の聴き方が間違っているのでしょうか。
  1. URL |
  2. 2013/01/22(火) 01:35:08 |
  3. GIGI #61NSZC8k
  4. [ 編集 ]

いえいえ、演奏をしない一般の人の意見こそ大事です。一般聴衆がどう感じるかが大変重要だと思います。クラッシク音楽など古楽含めて、音楽界に行く人は、大きく分けると2種類に大別されます。
 ひとつは、楽しむために聴きにくる人、もうひつは、演奏者の音楽性、技術の卓越性など、批評を目的に来る人です。後者の人は、演奏者の専門楽器についても見識を持っており、自らもその楽器を弾ける(自分では一定のレベルを持っていると自認している場合が多い)ので、失礼ですが、批評が目的なのです。
 音楽は「一般」の人が聴いていて楽しめることが最大の目的だと思います。演奏者も批評家の受けを狙っている人はいないと思いますが、人に喜びを感じさせる人が最高の芸術家といえると思うのです。ですから、楽器が弾けなくてもよいのです。聴いていて、その演奏者の奏する音楽を楽しめるか、それこそが一番大切です。
  1. URL |
  2. 2013/01/23(水) 19:05:48 |
  3. 落葉の旅人 #-
  4. [ 編集 ]

CABOTIN さん コメントありがとうございます。

その場にいらっしゃらなかった方には、分からない話ですみませんが、
巨匠の生きていた頃のパリ、そして、今のパリの話音楽の話が聞けて、
とても面白かったです。

三和さんのレッスンについては、またブログで書かせていただこうと思っています。
  1. URL |
  2. 2013/01/23(水) 22:53:33 |
  3. こがっき #-
  4. [ 編集 ]

GIGI さん落葉の旅人さん

コメントありがとうございます。

私も音楽が分かるとか、解説が出来るとかは大事なことではないと思っています。
日本では当たり前に、全員が音楽の授業を小学校から中学校で受けますが、
外国の人に、音楽の教科書を見せると、皆びっくりします。
まして、音楽のテストの内容など見せれば、更にびっくりします。
外国では、一部の人間だけが日本の音楽の授業のようなことを受けるそうです。

私も音楽の授業は退屈でした、試験に出るから覚えないといけないのですが、
どうでもよいことが多かったと思います。
〈それは、美術の授業でも同じかもしれませんが)

かなり以前の話ですが、関西のオケのトップの人たちと話していて、小学校、中学校
の音楽の点数はどうだったか、と言う話題になりました。
そうすると、ほとんど全員が試験の点数は悪くて、通知表の評価もとても低かった
そうです。

音楽の授業が音楽嫌いを作り、音楽を難しくしているのかもしれませんね。

私もたまに、人前で弾かせていただくことがありますが、
練習もほとんどしていないし、もともとのテクニックも無いということもありますが、
聞く人のことを一番に考えています。

演奏するほうは、何十回何百回と練習していて、音楽も分かっているでしょうが、
(中には、何百回と弾くだけで音楽は分かっていない演奏家もいますが)
聞くほうは、初めてですし、みんなが音楽の勉強もしている訳ではないのですから、
分かる曲、分かる演奏を心がけています。

よく演奏会で、お客さんに分かる選曲をして欲しいと、主催者から言われて、
演奏家は思いっきりポピュラーな曲を選んだつもりでも、アンコールの
アベマリアが一番良かった、などと言う話は沢山あります。

もちろん、知っている曲ばかりをやって欲しいとは思っていません。
初めて聴く曲でも、分かるように演奏して欲しいと思うことはあります。

分かると言うことを書くと、誤解されそうですが、GIGIさんのおっしゃる
音楽が楽しく聞けるかどうか、と言うことです。

古楽の演奏会で、地方の演奏会だと、チェンバロも初めて見るのだろう、
古楽器の演奏などは初めてだろうと、割といい加減な演奏をする人が
いるようで、たびたび、「以前、東*から古楽器の演奏家が来て演奏会が
あったが、素人でも分かるほど、良くない演奏だったから、古楽器の演奏会は
ここで開くのは、難しいのです」と言う話を聞きました。
(これは、音楽以前の問題かもしれませんが。)
音楽の盛んな、松本市でも、ありました。

私の友人などは、地方のいろんな古楽のこととか音楽のことを知っている、
マニアは怖くないけど、その道一筋で来ている、職人さんとか百姓さんは
真剣に演奏しないとわかってしまうので、怖いと言っていました。

それは、楽器製作での同じことだと思っています。

分野は違っても、真面目に真剣に仕事をしていれば、分かるものですね。

なんか、またえらそうなことを書いてしまったような気がしますが・・・・・
  1. URL |
  2. 2013/01/23(水) 23:35:41 |
  3. こがっき #-
  4. [ 編集 ]

すごい話に発展してるので、怯むのですが・・
こういうことを正面から話せる人たちが友人だとおもうので、
重ねます。
音楽の生き方、音楽を生きるというのかな? まず大切なことは「評価をしよう」という気持ちを捨てることだと思う。
その意識がめばえたとたんに耳と目は塞がれます。

演奏家も聴衆も同じ位置にあって、その音楽を弾き終わった瞬間、その音楽を聴き終わった瞬間にそれまでとは違う風景が見える。その時に音楽がある、のだと思っています。
良い楽器 名器の基準も簡単なことで、そのような演奏をした楽器が名器なのだと思っています。
平山さんには悪いけれど名器は製作家では完結できない。
同時に演奏家も自分では完結できない、、どこまでも互いに
よりかかって存在している、と思っています。だから、楽器も音楽も「点数」では決して評価をしてはならない。
・・のとちゃうかな・・演奏家も聴衆も心が動く、その一点に価値がある、と信じて仕事をしています。
反面 職人として、いやらしい根性で同業者に点数をつけてしまうのも事実です。そして、子供の生徒が弾く
うまくはない「禁じられた遊び」に感動して、、自分はこんなには弾けない・・と思ってしまうことが頻繁、、生き物というのは複雑です。
  1. URL |
  2. 2013/01/24(木) 02:12:01 |
  3. CABOTIN #ArGM.iJY
  4. [ 編集 ]

評価

盛り上がっていますね。私はむしろ「評価」はあったほうがよいと思います。およそ全てのもの、人、事象、科学、労働、などなど評価なくして人類の発展はなかったといってよい。評価があるからこそ、世の中が進歩したのではないか。芸術的分野の音楽もそうである。コンサートに訪れた人たちも、終演後なんらかの評価を持ってるのは事実であるし、感性的な感想で一喜一憂して終りではあるまい。そのような「評価」はよくない、望ましくないと、音楽分野にそれを求めるのはどのようなものか。
 音楽は論理的というよりは、一般聴衆には感性的ではあると思う。だが、演奏者、楽器等、舞台演出、照明、ホールなど、「評価」は必ず生じているものだ。だからこそ今日よりは明日、というように少しでも良いものを求めて革新も生まれるのではないか。
 前記の方には失礼かもしれないが、PDCAという物事の進め方をご存知だろうか。音楽だって、演奏計画、演奏、評価(反省)、次回へ実行という一連のプロセスがあるのだ。
 絶対に「評価」なくして何事も進歩はないのだ。「感動」だけでは演奏も楽器も良くはならない。楽器製作もそうだし、演奏もそうだ。退行的考え方は慎むべきだ。
人間は十人十色であるから何を言ってもよいが、私は絶対に音楽も「評価」は必要だと思っている。
  1. URL |
  2. 2013/01/24(木) 20:40:41 |
  3. Dahmen #-
  4. [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

kogakki

Author:kogakki
ヴィオラ・ダ・ガンバ、リュート、チェンバロ
と言った、古楽器を仕事として製作して
30年以上になりました。

最近はギターに興味を持っています。
最初に作った楽器は、ギターです。
昭和42年でした。 18歳の時です。

古楽器製作家 平山 照秋 

最新記事

最新コメント

月別の記事です

カテゴリ

ギター (334)
演奏会 (10)
その他 (20)

私へのメールはこちらから

名前:
メール:
件名:
本文:

訪れてくださった方々

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR