古楽器製作家の思うこと いろいろ

昔の楽器製作家がそうであったように、様々な楽器を製作しています。そうすると、いろんな楽器の事が良く分かってきます。特にモダンギターについて考えていることを書かせていただこうと、思っています。

南港ギター展示会が終わりました。そして最近のこと


ブログ更新が出来ていないうちに、もう4月も終わりになろうとしています。

熊本地震も発生から2週間が経とうとしていますが、まだ余震が続いています。

熊本は、古楽が盛んなところで、沢山の友人 古楽仲間がいます。

まだまだ大変な時期ですから、あまり連絡は取っていないのですが、
フェイスブックやメールで無事な連絡は取れました。

市役所が壊れた 宇土にギターが一台行っているのですが、最初の地震で
スタンドに立てていたギターのペグが壊れたという連絡がありました。

私も阪神淡路大震災で 祖母や友人やギターの先生を亡くしているので、
人事ではありません。

もちろん、無料で直させていただくことを連絡しました。ついでにフレットの打ち替えも。

天草の私も沢山楽器を作らせていただいた、コレジヨ館は楽器の被害がなかったそうです。


南港のギター展示会も終わりました。

今回も相変わらず、ばたばたしていました。

初日は 展示をして間もなく、ガンバの調整を頼まれていましたので、
駐車場でなんとか調整をしていました。

その間に展示ギターの
演奏もありましたので、私のギターを弾いていただく時は
会場に行かないといけませんし。

4時過ぎには、会場を出て 自治会の役員会のため家に飛んで帰って準備をしていました。
第一回の役員会ということで、どうしても出席しないといけませんでしたので。
自治会会長というのも結構仕事が多くて、4月はほぼ毎日何かの仕事があります。
そんなにがんばってしなくても、と思うのですが。


肝心の展示会です。

今回は 32人の参加でした。

今までは、一部屋で展示、演奏がありましたが、今回は3部屋を使いました。

cello 2016 4 -5 714

私の展示ブースです。左隣はヤマハギターでお馴染みの江崎さんです。

一番大きい、昨年まで展示演奏をしていた部屋です。

cello 2016 4 -5 715


演奏会も満員の盛況でした。

cello 2016 4 -5 716

皆さん昨年よりは自分の作りたい楽器に近づいているようで、製作レベルは上がっていました。
楽器として使える楽器がほとんどでした。

仕上げは、私より皆美しい仕上げでした。

楽器屋さんで売ることが目的ではないか?と思うほど仕上げは綺麗でした。

今回、楽しみにしていたのは、初出展の名古屋の大西さん、今井勇一さん
と会えることでした。

大西さんの楽器は 19世紀ギターそのものの音で、すばらしい楽器でした。

彼も私と一緒で「百人いたら一人の人が分かってくれたらよい」と言っていましたが、
それが分かってくれる人が展示会の最後に現れて、買ってくれました。

彼の楽器は、素晴らしいのになかなか売れない楽器でしたので、とても
嬉しかったです。私の楽器はなかったのですが。

今井さんも、やはり製作家と直接話をしながら、楽器を弾かせていただけると
いうことで、いつも彼の展示の前には人がいました。

二日目は少し時間の余裕がありましたので、ゆっくり話をさせていただいて
楽器を弾かせていただきました。

モダンスペインギター、日本で作られるモダンスペインギターのひとつの方向の
最高の楽器だと思いました。
人柄も素晴らしい人で、私とおない歳ということで話が弾みました。

沢山の楽器を弾かせていただきましたが、中には製作している本人が楽器を弾いていないのが
分かる楽器、バランスが悪い楽器。
低音、特に6弦が鳴らない、3弦が鳴らない、これも特にハイポジションが鳴らない、
低音がボンと鳴って、音楽が作れない楽器も結構ありました。

やはり、ある程度は楽器が弾けることが大事だと思いました。

今回は、アマチュアの方も出展しているので、その方たちは演奏をしていて
楽器を弾いていて、楽器を作ろうと思ったのでしょうが、作るほうが面白くなって
弾かなくなったのでしょうか?

弾けば分かることなのですが、低音弦に不良弦が結構あるのですが、不良振動している
弦をそのまま張っている人がいました。

これは、今回以外の展示会でもよく感じました。

私のように、何年も張りっぱなしの弦で展示している人はいませんでしたが、
私の場合は、新しい弦でも不良振動していれば、捨てます。
(念のため、一度は反対に張り替えますが)

そして、古くても不良振動が起こらなければ張り続けています。

古い弦のほうが楽器本来の音がすると思っています。

新しい弦をよく張り替える人は、弦のメッキの音を楽器の音、
弦の音と思っているのでは?と思ったこともよくあります。

有名なアメリカの楽器でしょっちゅう弦を張り替えている人の楽器は、
6弦が全然鳴っていませんでした。
弦の新しいメッキの音がしなくなると、張り替えているようでした。

不良弦の見分け方は、音の不良倍音が多いので、弾けば分かると思いますが、
見ても分かります。

開放弦で弾いてみて、弦の残像が振幅の両側だけに見えると、
良い弦です。

不良弦は 弦の残像が 何本も見えます。
当然、不良倍音も多く出ています。

他には、大工さんの楽器も毎回面白い楽器を出してくれます。

今回は、天井板に使う柔らかい杉板で作ったギターが、表板の質量が小さいので
反応もよく、明るい音がする良い楽器でした。

ちょうど、よく出来たダブルトップのギターのようでした。

何人かの方が、面白い楽器を作っていて、その方たちは「作りたい楽器を作っている、
自分が弾きたい楽器を作っている」と言われていましたが、そのことが良く分かる楽器でした。
一番、大切なことのように思いましたが。

リンクさせていただいているブログ友達の方ともお会いできました。
想像していた通りの素晴らしい方でした。時間がなくてゆっくり話を出来なかったのが
残念でした。

演奏会も聞かせていただいて、ギターの演奏会はどうあるべきなのか?
ということも、考えさせられました。

少しだけ書かせていただこうと思っていたら、長くなってしまいました。

もっと書きたいことはあったのですが。

  1. 2016/04/28(木) 11:18:10|
  2. ギター
  3. | コメント:15

チェロにガット弦を張る際の注意点 その2

前回のブログで書き忘れたことがありました。

ギターにはないので、感覚的な話になると思いますが、よろしくお願いします。

それは、魂柱の問題です。

材質や、太さといった問題でなく、魂柱を立てる場所の問題です。

これは製作家の問題でなく、調整、メンテナンスをする人の問題です。
(出来たばかりの楽器は製作家の問題になりますが)

チェロやヴァイオリン属 の楽器には 魂柱が立っています。

そして、その立てる場所は 何百年の歴史のなかで、
駒と魂柱との間の距離は、魂柱の直径分か駒の脚の幅分を空ける
というのがほとんどだったと思います。

でも、近年弦の関係からか、非常に駒と魂柱とが接近するように、調整してある楽器を
見かけます。

楽器によってベストな 魂柱を立てる場所は変わりますが、ガット弦を使う限りは
魂柱の直径分か 駒の脚の厚み分を離すのがベストだと思います。

もちろん、表板が分厚い楽器は少し離しますし、薄い楽器は近づけたりしますが。

スチール弦だと、どの場所でも楽器は鳴ってくれますが、
この距離が近いと倍音ばかりで、チェロなのに、ハーモニカのような音に
聞こえることが良くあります。

楽器を見なくても、あと数ミリ離せば楽器は鳴ってくるのに、と思うことが良くありました。

これは、ガンバ協会の講習会で、何年かに一回メンテナンスで参加するのですが、
多くのガンバは駒と魂柱の距離が近くて、楽器が鳴っていないのです。

これを、本来の距離にしてあげると、楽器をもっている方から、「楽器が鳴ってきた!」
「全然別の楽器になったようだ!」とよく言われます。

調整を頼まれる楽器のほとんどがこのような状態でした。

ですので、調整に出される時は、魂柱と駒の距離に気をつけてください。

最近は、昔の、本来の位置に魂柱を立てる方も増えてきているようです。

明らかに楽器が鳴っていないのが分かりますので。

前回のブログや、コメントで 宮崎の桑田さんと言うお名前が出てきましたが、
私のブログにリンクさせていただいている、TANUKI工房 の桑田さんのことです。

ヴァージナルを含めると、10台くらいチェンバロ属の楽器を作ってられて、
桑田さん自身はチェロを弾いてられます。バロックチェロと モダンチェロです。





3/4 のガット弦を張ったチェロのサンプルを作りました。

中国製のケース、弓を含めて 5万円くらいの楽器です。

駒やテルピースは替えています。

まだ、ポジション移動がうまく行きません。
練習では5回に1回外すくらいなのですが、録画となると
あせるようです。



スコットランド民謡の スカイ ボート ソングです。

40年ほど前によく演奏していた曲です。
懐かしくて 演奏してみました。

練習はほとんどしていないので、音程は怪しいです。

シャープ二つの曲ですので、下降拡張の練習をしてみました。

楽器は1986年に作られた鈴木ヴァイオリンの安い楽器です。

もちろん、駒や魂柱 テルピースなどは替えていますし、調整しています。




次は賛美歌の111番 神の御子は今宵しも  です。

シャープひとつだと少しは楽に弾けるようなりました。

  1. 2016/04/05(火) 18:59:07|
  2. ギター
  3. | コメント:0

チェロについてのご質問

チェロに関しての質問をいただいているので、もう少しブログの更新をさせていただきます。

2年もチェロを習われていると言うことですから、私よりはるかにチェロ暦は長い方からの質問です。

3/4 のチェロにガット弦を張ってみたいとのことです。

テルピースについては、4/4 のもので問題はありません。
今使われているテルピースが プラスチックと言うことですが、多分 ウイットナー社の軽合金のものだと
思います。

テルピースについては、チェロの方もそうですが、特にコントラバスの方が非常に気にしていると言うか、
研究されている分野です。

いろんな考えがあるのですが、テルピースを大きなもの、長いものに替えて、テルピースと駒との距離を
短くしたほう良い、と考えている方もいますので、(そのほうが音がはっきりするとか、楽器が良く鳴るとか)
4/4 のテルピースでも良いと思います。

ガット弦については、直接海外から買うのでなければ、手に入り易いのは、
ピラストロ社のコルダ か、茅ヶ崎にある ムジカ・アンティカ湘南さんで扱っている
イタリアトロ社の 弦くらいだと思います。

ピラストロ社のコルダは ゲージが決まっていますが、3/4 のチェロで問題なく使えると思います。
入手は ネットで楽天などで検索すると、価格の安いところも見つかると思います。

ムジカ・アンティカ湘南さんで購入する場合は、ゲージが選べるのですが、1弦2弦は一番細い弦
1弦 A 線 は 1.16ミリ 2弦 D線は 1.55ミリでよいと思います。

弦長が短いので、太い弦が合いそうですが、むしろ細い弦を張ったほうが、楽器に合っている場合が多いようです。

私も、1台は 1.10ミリ 1.45ミリを張っています。

それは、弦が太くなるとしなやかさがなくなり、太短いと音が出しにくくなるようです。

ガンバの場合、サバレス社の弦は、弦長が短い、(設定は65センチ)6弦ガンバ用は弦が細く、
テンションも6キロとなっていますが、弦長 69センチの7弦は テンション8キロの物が用意されています。

例えば、1弦は 65センチ6弦が 0.66ミリに対して 69センチ7弦は 0.74ミリです。

楽器のコンディションにもよりますが、(重い楽器で反応が鈍いなど) 一度一番細い弦で試されてから、
合わないと太い弦に替えるほうが良いと思います。

それと、ガット弦に替えると、スチール弦より音は小さく感じるかもしれません。

それの解決法のひとつは、お友達からお借りしている楽器なら、無理かもしれませんが
必要のない指板を切って、楽器を軽くすることです。

多分、指板は黒檀だと思いますので、例えば4センチ切って、短くしても演奏したい曲が弾けるのなら、
楽器全体の質量が減るので楽器の反応が良くなります。

私の楽器も現在3/4 の楽器は4台あるのですが、すべて3~5センチ切っています。

極端に弦高が低いと、スチール弦に比べて、振幅が大きいので、駒を変える必要があるかもしれません。
その際、ガット用に駒を少し削ってもらって、薄くするほうが良いかもしれません。
(これも楽器によりますが)

ガットに替えると、雑音ぽい音が気になるかもしれませんが、弓の弦への食いつきが良くなるので、
スチール弦での演奏法と少し変えないといけないかもしれません。

出来れば、弓も替えたい所ですが、モダンの弓の毛を少なくすれば、問題ないと思います。
もし、何本か弓をお持ちでしたら、安い弓で毛を少なくして試されてはいかがでしょうか?

4分の1くらい減らしても良いくらいだと思います。

桑田さんはほとんど、バロックチェロを弾いてられるので、彼にアドヴァイスをもらうのも良いかと思います。

私も、少し時間が出来れば、2台ガット弦を張った3/4の楽器がありますので、ユーチューブに演奏を公開させて
いただこうと思っています。

最後に、宮崎の桑田さんから紹介していただいた、と言うかお借りしたチェロの奏法の本、
私のように独学の方は少ないと思うのですが、習っている方でも参考になる本です。

1459788821274.jpg


1459788810821.jpg

すみません、何度 回転させても 横になってしまいます。
スマホで写真を縦に撮るのですが、横になってしまいます。

次回はギターに戻ります。



  1. 2016/04/05(火) 02:50:10|
  2. ギター
  3. | コメント:2

ギターの話題から離れて 小学校、中学校の思い出です。

もう少し、ギターから離れての 話をさせてください。
(原稿がまだありますので)

皆さんの小学生、中学生の頃はどんな子供でした?

家が市場の中にあったので、周りの子供も小学生の頃から、家の手伝いと言う感じでなく、
普通に大人と同じように働いていました。

ですので、学校でも同級生や先生が幼く見えていたのかも、しれません。

小学校三年の時友達と、この当時の校長の教育方針について長い間話していた記憶があります。

小学校、中学校と良い先生に恵まれていなかったようです。 
美術の先生には恵まれていましたが。

小学校の美術の先生は美術団体に所属していて、作品を発表されていました。

今から考えると、完全に依怙贔屓なのですが、小学校四年になると、
三年生以下の夏休みの美術の宿題の審査を任されていました。

もちろん、チェックはしていただきましたが。美術に関しては、出す展覧会では必ず入選、特選にえらばれていました。
勉強はできないけれど、美術は誰にも負けない、と思っていました。
(でも、ものすごい賞をもらうとか、いうのは少なかったのですが)

何か他の人より優れた物があれば、劣等感を持たなくて自信を持って生活が出来ると思いました。

逆にこんな思い出もあります。

夏休みの理科の宿題に、毎日朝昼夜と、湿度と温度を測りグラフにして提出しました。

でも、夏休みの宿題の発表の場に私の作った宿題のグラフが無いのです。

もちろん、先生にも聞きましたが、知らないとの事でした。
同級生が夏休みの宿題を作っていなくて、私のグラフをそのまま写すとまずいので、
温度だけを写した物を出しました。

それは、もちろんあって、何か賞をもらっていました。

そして、何ヶ月か経って、たまたま職員室に行った時、
担任の先生の屑籠に私の夏休みの宿題が捨てられていました。

このグラフはお金が無かったので、カレンダーの裏に書きました。綺麗なカレンダーでした。
綺麗なカレンダーだったので、何かに使っていたのでしょうか?

この時も先生と言うのはこんなものだろうと思って、別に抗議もしませんでした。
(それを見た時は悲しかったのですが。)
多分抗議をしても、そんな事私は知らない、と言うだけでしょうし。

中学校の時も、三年生の時の話です。

校内バレーボール大会があって、優勝したら、うどんを奢るからと言われていました。

それだから頑張ったわけではありませんが、優勝しました。

でも、先生は「女子バレーボール部に勝ったら、うどんを奢るから」と言われるのです。
毎日練習しているバレーボール部には女子と言えども、勝てないと思われたようです。

でも、勝ちました。そうすると、先生は「男子バレーボール部に勝ったら、うどんを奢るから」と話が変わりました。

そして、男子バレーボール部にも勝ちました。別にうどんが食べたくて、頑張った訳ではないのですが。
「男子バレーボール部にも勝ちましたよ」と言うと、「そんな事言ったか?言ってないけど」との事でした。

やっぱりと思いました。皆さんはこんな経験、
ありませんか?ないでしょうね?

学校の先生と言えば、沢山思い出すことがあります。

その中でも、よく覚えている事が、それは先生が怒りにまかせて、
我を忘れて怒るのを、頭に血が登って怒るのを、
冷静に、覚めた目で生徒が見ていると言う事が、よくありました。

そして、教育熱心な先生と生徒の喧嘩。これは中学校ですが。よくありました。
長い時は一時間くらいも続いたでしょうか?今なら、大問題でしようね

他にも、先生については沢山書きたいことがありますが、原稿がここで無くなりましたので、
次回からはギター、音楽の話に戻らせていただきます。


  1. 2016/04/05(火) 01:36:52|
  2. ギター
  3. | コメント:1

沢山コメントをいただいて


ブログの更新が滞ってしまって、申し訳ありません。
そして、沢山のコメントをありがとうございました。

毎日、出かけることが多く、出かけない日はお客さんが来られたり、
タイミングを合わせるように、パソコンとプリンターが壊れて、新しいパソコンを使えるようにしている間に
日が経ってしまいました。

難しい使い方はしないので、とにかく安いパソコンを探しましたが、キーが重く、かなり力を入れないと
入力できないので、慣れるまでに指が疲れそうです。

私のブログに沢山のコメントをいただくことは珍しいのですが、リュートの歴史的奏法についての
コメントは、暖かいご意見が多くて、少しほっとしています。

音楽については、いろんな意見があると思いますし、私自身もかなり自分勝手な意見を言っていることがあります。
ですので、これからもおかしなことを言い始めたら、コメントよろしくお願いいたします。

ブログの更新が出来ない間も、法事とか演奏会の待ち時間とか、結構出先での時間がありましたので、
ブログの原稿は出来ていましたので、少し長くなりますが、
音楽から離れて最近のことや昔の事も書かせていただきます。

まず、最近の出来事を書かせていただきます。

先日近くの幼稚園の卒園式がありました。民生委員として、始めての卒園式でした。
今までは、小学校、中学校の卒業式には出て行ました。


1458476852271.jpg


最近の卒業式は歌が多く、合唱コンクールか音楽会のようでしたが、
幼稚園卒園式はまだ少なくて4曲だけでした。

園児の皆さん元気で大きな声で歌っていました。返事も大きな声で。

2時間ほども卒園式はありましたので、昔のことを色々思い出していました。

私の小さい頃はまだ幼稚園に行っていない家庭も多かったと思います。
私の家も貧乏だったので、幼稚園には行っていませんでした。

小学校に上がると家が商売をしていたので、(下駄屋さんでした)
学校に行く前に店が直ぐに商売出来るように、店を開け、
展示用の台を出して下駄や草履、靴を並べていました。

学校から帰ると店の手伝いをします。
小学校二年生くらいになると、教えられなくても、下駄の鼻緒を据え付けられるようになっていました。
草履の鼻緒は同じように据え付けられるのですが、底が固い皮で股釘を打って仕上げなくてはいけないのです。
それが固い皮なので、非常に難しいのです。それも、小学校高学年になると、出来るようになって私の仕事になりました。

中学校に上がると店の手伝いの他に、叔父が米屋をやっていたので、家の手伝いの他に米屋の手伝いも始めました。
夏休み、冬休み、春休みはほとんど毎日米屋のバイトでした。

米屋さんのバイトだけでなく、人手が足りないと言うことで、精米所の仕事も掛け持ちで始めました。
当時は配給米と言うと外米で、(配給米と言っても、若い人は分からないと思いますが、
米は統制品で米は配給されていました。まだ、米の生産が消費量に追いついていなかったため、
配給制度になっていたのです。)

日本の米俵が60キロ、タイとかビルマなどの東南アジアの米俵は80キロでしたが、
スペインからくる米は、1俵 120キロありました。
この120キロの米俵を中学生がトラック一台分を運転手の人と二人で積んで下ろすのです。

高校生になると、更にビルクリーナーと言って、工事現場の片付けの仕事も先輩達と始めました。
一現場をベテラン高校生達だけで片付けていました。もちろん、その間も店の手伝いはしていました。

以前のブログで一年365日の内363日働いていると、書きました、
それも朝8時くらいから午前1時か2時くらいまで仕事しています。

でも、時間は自由に使えますので、民生委員の仕事とか出来ます。
小学校の頃から働いていたので、働くことは普通の事なのです。
学校の勉強よりは働くほうが好きでした。まして、好きな音楽、楽器の仕事ですので。

好きなことをやっていたら、何時間でも出来ると言うことで、思い出した事があります。

昔、ダンスリールネサンス合奏団にいた頃(ダンスリールネサンス合奏団と言っても
古楽に詳しくない方には馴染みがないかも知れませんが、
40年ほど前に発足した日本でも一番古いプロの古楽合奏団です)

リーダーの岡本先生は休みなく、ずーっと練習されていました。
それで、メンバーの一人の方が「先生、そんなに休みなく練習して疲れませんか?」
と聞くと「好きな事をしているから、疲れるはずか無いよ」との返事でした。

私も楽器を作ったり、調整する事は疲れませんし、何時間でも仕事が出来ます。
修理は作業する時間の何倍も考える時間が必要ですが。

次回は まだ 作っておいた原稿がありますので、小学校や中学校の話をさせていただきます。
(そんな話はこのブログには必要がないと言われると、やめようと思いますが)



  1. 2016/04/05(火) 01:17:49|
  2. ギター
  3. | コメント:0

プロフィール

kogakki

Author:kogakki
ヴィオラ・ダ・ガンバ、リュート、チェンバロ
と言った、古楽器を仕事として製作して
30年以上になりました。

最近はギターに興味を持っています。
最初に作った楽器は、ギターです。
昭和42年でした。 18歳の時です。

古楽器製作家 平山 照秋 

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