古楽器製作家の思うこと いろいろ

昔の楽器製作家がそうであったように、様々な楽器を製作しています。そうすると、いろんな楽器の事が良く分かってきます。特にモダンギターについて考えていることを書かせていただこうと、思っています。

コメント をいただいて、そして岡本先生のこと

今回もコメントをいただいたお礼とブログです。 

CABOTINさん 無事帰国おめでとうございます。
今回も、いろんな場所での演奏だけでなく,コンクールの審査委員長の仕事までされて、
ご苦労さんでした。

タイミングよくというか、古楽器の奏法に近い、サムアンダー奏法の方が1位になられたとか。
いろんな奏法の演奏家が出てきて,いろんな楽器を使って、いろんな音楽を作っていく、
そんな時代になってくればいいですね。

lutenさんが書かれていたように、先生選びは難しいですね。
良い先生が見つかれば良いのですが、そうでない場合は大変です。

よく地方で,いい先生がいない、先生そのものがいないので、大変です。
また、やはり独学では限界があるので,基礎から先生について習いたいが、先生がいないとか。

でも、都会でもなかなか良い先生というのはいないと思うのです。
ピアノでもヴァイオリンでも,そう感じます。

昔から付き合っている,ヴァイオリン屋さんが言ってました。
「東京から来るお客さんは簡単で助かる。先生がこの弦を使えと言っているので、
この弦をください。と商売が出来る。その方の持っている楽器には,この弦は合いませんよ。
と言っても、先生がその弦を使えと言っているので。と言うことらしいのです。」

関西の人なら,自分にあった弦を探すのに結構時間をとられるのだそうです。


同じようなことを最近良く一緒に老人ホームなどを回っている,ヴァイオリンの先生から
聞きました。

学生時代に弦のお金を稼ぐのにバイトをしていたらしいのです。
それは、ヴァイオリンの弦はピラストロ社のオリーブという銘柄しか駄目なので、
弦代がとても大変だったとの事なのです。

オリーブは 2007年の定価表を見ていても、セットで2万円近い値段です。
これを、なんども変えていると、学生には大変だった,と思います。

弦くらいなら,何とかなるでしょうが、演奏まであまり良くない演奏法を教えてもらってしまうと
大変です。

それと、ヴァイスのファンタジアの演奏についても、また良い評価をしていだいて、
申し訳ないです。植木先生の門下だったら、もっと、
ちゃんとした演奏をしないといけないのですが。


ということで、音楽関係でとても、お世話になった(いまもお世話になっている)
先生のお二人目です。

音楽特に古楽、そしてギター関係の人にはおなじみの岡本一郎先生です。

 もう40年ほど前になります。ガンバもやっていましたが、ギターで弾いていたバッハ、
ダウランドなどをリュートで弾きたいと思い始めました。

関西でリュートをやっている人は、岡本先生しかいない時代でした。

リュートもなかなか入手出来ない時代で、
日本では、ギター製作家がほん の少しリュートを作っていました。

私は、野上三郎さんのリュートを手に入れリュートを始めたのですが、
いい先生がいらっしゃたら習いたいと 考えていました。

当時、仕事場が西宮だったので一番近い所に岡本先生がいらっしゃったのです。

初めて西宮仁川のお宅にお邪魔した時、
最初に「音楽を習うものとしてしないといけないことはきっちりして、
してはいけないことはしないでください。」
と当たり前のようですが、まず 言われました。

そして、するべきことが出来ない生徒がいたので、
今日も一人生徒を辞めさせたと聞かされました。

その当時、日本人で最初に、 大きな国際コンクールでファイナりストに残った
有名なギタリストの岡本先生ですので、当たり前かと思っていました。

でも、そのすぐあとに、「私も、リュート はまだこれから勉強しないといけない立場なので、
一緒に勉強しよう」と言われました。
こちらはまだ音楽を始めて数年の素人なのに。

私は本心では人に 教えてもらうことは好きではなかったので、
一緒に勉強しようと言われてとても嬉しかったのですが、
何も分からない私と一緒にやっていこうと言 われていますが、
本当に構わないのかな?と言う感じでした。

実際、練習が始まるとレッスンと同じようなことになってしまったのですが、
もう30年以上も前なので時効(という言葉はおかしいかもしれませんが)なので、
言ってもいいかもしれませんが、岡本先生には1円も月謝と言うかレッスン料は払って いないのです。

根が単純なのか言葉通りに聞いて。一緒に練習しようということで、
実質はレッスンでも。最初の3年ほどは二人でリュートの2重奏 をやらせていただきました。

 手に入る楽譜は全部やって、もうやる曲がなくなりました。
当時、大英博物館が一番多かったのですが、博物館からマイクロフィルム を取り寄せ、
楽譜を作って2重奏をやっていました。

そのころは、大英博物館に手紙を書くと1週間程度で、マイクロフィルムが届きました。
費用も、 国が補助していると言うことで200枚くらいのフィルムが数千円で送ってくれるのです。

世界中の楽譜の8割くらいがあると聞いていましたので。

そのうち、作曲家の名前も分からないので、
2リュートの楽譜を送ってくれという手紙でも楽譜を送ってくれました。

たまに2リュートがフリュートの楽譜になって いることもありましたが。

そのうち、大英博物館に無いことが分かっていても、問い合わせると、その楽譜は、
どこそこの大学の図書館に入っていると、 連絡がありました。

こんなことも、まだ、リュートを弾いている人が日本に10人ほどしかいなかった時代のいい思い出です。


そのうち、日本で最初のルネサンス、 中世のLPレコードを録音すると言うことになり
〈絆と言うタイトルで,LP2枚セットで販売されました)
リュートで録音を手伝ってほしいと言われました。

別に私が手伝わなくても、岡本先生がいらっしゃるので、リュートは録音できるのですが、
日本で始めてのLPと言うことで、私にも経験をさせて下さったのです。

あと、大阪芸術祭とか、大きな演奏会にダンスリールネサンス合奏団のメンバーとして
参加させていただきました。(アマチュアは 私一人だけでした)

また、20世紀初演となる〈多分)ニコラ・バレーのリュート4重奏も演奏させていただいたり。

そして、その後,30年以上、本当に何か とお世話になっています。
植木先生と同じでたまたま、近くにいらっしゃて、たまたまリュートと言う楽器を選んでおかげで、
30年以上お付き合い させていただいている岡本先生です。

でも、その当時は、一緒に演奏している岡本先生と言うことで、他のプロの音楽家は
岡本先生と言っていたのに、音楽の素人の私は「岡本さん」と呼んでいました。

今となっては、恥ずかしいことですが、そんなことも、岡本先生は全然気にしなくて、
付き合ってくださいました。

また、岡本先生らしいエピソードがあります。

昭和40年代の終わりだったと思うのですが、「御殿場でバッハを」と言う、講習会があって、
御殿場に当時古楽器をやっていた人がほとんど集まりました。

リュートはシェーファー先生です。

岡本先生も、一緒に受講しました。
角田隆さんがまだケルンの学生で,通訳で参加されていました。

岡本先生は、チャンスなので、自分が出来ないことばかりを、他の受講生の前で
レッスンを受けます。

そこで、レッスンが終わってから、角田さんに呼び出され

「平山君、あの岡本一郎さんは、あの岡本一郎さん?」
と聞かれました。

それで、私は

「そう、あの岡本一郎さん」

と答えました。

角田さんでなくても、有名なギタリストの岡本一郎さんなら、もう少し人前では
良いところを見せるのが、普通なのでしょうが、本当に自分が出来ない,苦手な
ところばかりレッスンを受けるのですから、あのヨーロッパでも有名な岡本一郎
さんかな?と思ったでしょう。

でも、そんな岡本先生だからこそ、私のような音楽初心者とでも、一緒に
勉強しようと言ってくれたのだと思います。






  1. 2013/07/20(土) 18:48:19|
  2. ギター
  3. | コメント:4

ヴァイス ファンタジア 


以前から気になっていて、楽譜や演奏を公開しなければ、
と思っていた曲があります。

それが、ヴァイスのファンタジアです。

植木先生のことをブログに書かせていただいて、植木先生から教えていただいたこと
は沢山あるのですが、このファンタジアを通して、教えていただいたことが多いのです。

とにかく、2声の曲は2声に弾かなければいけない、2声に聞こえなければならない。
そして、その2声は歌ってこそ2声になる。それぞれの声部が歌になっていなければ、
音楽ではない、と。

当時の楽譜は、出版されたものを使っていましたので、どなたの編曲か分かりませんが、
40年以上前に習って、一番近い楽譜が、岡本一郎先生の先生、近藤敏明先生の楽譜でした。

この曲は純粋にギターの曲として演奏しよう、と思っていたのですが、
オリジナルのタブラチュアがあるのに、本来の姿はどうだったのか?
知ってからギター曲として、演奏しても良いのでは?と思ったのです。

そこで、失礼なことだとは思いますが、近藤先生の楽譜に、リュートタブラチュアから
の楽譜を重ねて、相違点を印しさせていただきました。
近藤先生の楽譜が、間違っているとか言っているのではありません。

リュートオリジナルは、こうなっている、と知っていただきたかっただけですので。
私の考えでなく、ヴァイスさんオリジナルの姿ですから。

ということで、また楽譜に相違点を、書かせていただきました。


img101.jpg
img102.jpg


スラーの位置など細かいところまで入れると、約50箇所ありますが、大きな所を
あげさせて頂きます。

29番の低いほうのミはいつも、違和感を感じていました。

上声部がミ、ソ、ファと歌って、すぐ次の小節では,下の声部にそのモチーフが出てくるのですが、
このミが入ってしまうと、次の小節に頭のシの音がはっきり出せないのです。

そこで、いつもかなりこのミを小さく弾いていましたが、タブラチュアでは1オクターブ下でした。
そうだと、ぐっと弾く易くなります。

34番から41番までは、リュートでは、オクターブ下がっているのですが、ここもなんとか
オクターブ下げても、演奏できる形になりました。

それと、42番のドの音が、他の楽譜でもそうなのですが、#が抜けています。

また、44番のミの音は、タイがかかっていますが、リュートでは、タイはかかっておらず、
小節最初の音はしっかり弾いています。その後の音形も同じように,一拍目の音はありますので、
なぜこの音がタイにされてしまったのでしょうか?

最後は,終わりから2小節目の 48番です。

オリジナルではオクターブ下になっています。
おそらく、その前の小節がド、シ、ラ、ソ、ファと下がってきているので、
オクターブ上げたのでしょうが、本来のオクターブのほうが私には落ち着いて聞こえます。

後の、ほとんどはスラーの位置ですが、調弦の違いから物理的に不可能なことは出来ませんが、
傾向として,元々ついていなかったところに沢山ついているように思います。

スラーや装飾音符は,演奏家にゆだねられている部分も多いとは思いますが、つけないほうが
リュート的に響くところもあるようです。


ということで、私が考えてリュートに近い楽譜にしたものをあげておきます。


img103.jpg
img108.jpg


次に恒例の タブラチュアです。ロンドン版を使っています。

img105.jpg
img106.jpg
img107.jpg

そして、演奏例です。


http://youtu.be/Iq2_ax6Ltyc

仕事をしながら、汗を掻き掻き演奏しましたので、練習不足と、
もともとのギター楽譜の運指が出てきたり、とミスだらけですが
音源として、あげさせていただきました。

ギターは、私が設計した61センチです。
この楽器に慣れてしまうと,64センチもかなりしんどいです。

59センチでも、録音したのですが、低音の響きなどがこの曲には必要なので、
61センチで取り直しました。

演奏で、気を使った箇所があります。と言うか、40年以上前に植木先生に教えていただいた
左手 運指をはっきり覚えているところです。

後半 23小節24,25,26小節の2声の部分です。
どちらの声部も音をつないで、歌うようにするために、例えば、24小節の上声部のラ、ミ、シ
とレガートに弾いて、その間、低音のドは音、指を動かさず、(ドは3の指で押さえているので
このドの音を切れないように、しっかり押さえて、小指をシまで伸ばさないといけません。
物理的に伸ばすのでなく、音楽的につながるよう伸ばすのです。)そして、最後のシにつながるよう
ドーーーシと歌っていくのです。必然的に小指と薬指は違う動きになります。
この4小節は2声を2声として弾くことの、難しさ大切さを教えていただきました。

演奏がそうなっているとは限りませんので。ご注意を!
でも、気持ちはそう弾いているつもりです。




このファンタジアは植木先生門下にとって、特別な曲のように思います。

手元にある2枚組のCD、シャロンイスビンさんがアランフェスをやっている以外は、
菊池真知子さんと渡辺範彦さんが演奏しているものです。

その中で、久石譲さんが編曲指揮した、ギターコンチェルト形式の曲が3曲あるのですが、
そのうちの、1曲がこのヴァイスのファンタジアなのです。

他の2曲はドビッシーとバッハの有名曲です。誰でも知っている曲です。

始めて、このCDを聞いたとき、渡辺さんにとっても、この曲は特別な曲なのかな?

と思いました。

それにしても、ソロはほとんど菊池真知子さんが弾かれているのですが、どの曲も
見事な演奏で、当時のギター演奏のレベルの高さが再確認されます。





  1. 2013/07/16(火) 22:42:02|
  2. ギター
  3. | コメント:3

楽譜のアップです

前回のブログで楽譜アップさせていただこうかと思っていましたが、
長くなってしまいましたので、こちらでアップさせていただきます。

楽譜の清書は前回と同じく 作曲家、バロックヴァイオリン、ヴァイオラ・ダ・ガンバ奏者
の田淵宏幸さんです。彼は、バロック音楽の普及のために、テーマを決めたお家での演奏会もされています。
この秋には、フォルクレの全曲演奏のコンサートもされます。


G線上のアリアは、一般の方でも知っている曲なので、弾こうと思ったのですが、
良い楽譜がなくて編曲しました。

大きな古時計も同じように、簡単に弾けて分かりやすい編曲が無かったものですから。

千々の悲しみは5月26日にガンバで弾いたあと、ギターソロを後奏にしようと編曲しました。

いずれも、簡単に弾けるように作っていますので、弾いてみようと思われる方はどうぞ。

img098.jpg


img100.jpg

img099.jpg





  1. 2013/07/15(月) 01:13:09|
  2. ギター
  3. | コメント:0

弾き方 について

ギターについての奏法 指頭か爪を使用するかで、コメントをいただきました。

リュートについては、今年の1月27日に、私が40年前に参考にさせていただいた、
絵を中心に書かせていただきました。今読み返してみると、バロックリュートまたは
アーチリュートのように弦数の多い、後期の楽器の演奏について、実際に演奏している
演奏家がモデルになっていただろうか?と言うことを強調しすぎているように感じます。

昔、佐藤豊彦さんが、爪を使ってリュートを弾いてらして、「20世紀になってから
人間に爪が生えてきたわけではないのだから、当時も爪を使って、弾いていた人も
いるだろう」とおっしゃっていたのを、思い出します。
そして、ガット弦でなく、つるつるしたナイロン弦を爪を使わず弾くのは、どうなんでしょうか?
と言ってらしたように思います。
その頃は、佐藤さんにリュート演奏については、「サトウリュート」と呼ばれていたように思います。

でもその佐藤さんも,今ではガット弦で指頭奏法だと聞いていますが。


今回の,弾き方については 19世紀ギター,ロマンティックギターに
ついての奏法が中心の話だと思います。

タレガさんやプホールさんの話も出てきますので、モダンギターも考えの中にはいっているようですが。

私の周りを見渡すと、リュート奏者の方が弾く,19世紀ギターは指頭が多く
(角田隆さん、佐野健二さん、高本一郎さん,岡本一郎さんなど)
モダンギター奏者のかたが、19世紀ギターを弾くと爪を使っているようです。
それが自然なことだと思います。

ギター奏者の西垣さんなどは,リュートも爪を使って,演奏されています。
(爪は短くしていて、指頭でも、爪と指頭両方かけて弾いたり、されていると聞いていますが)

モダンギターでは、ほとんどの人が爪を使ってられるとおもいます。
(昔 西條道孝さんは親指だけ指頭という話は聞いたことがありますが。)

モダンと19世紀ギター両方を弾くとなると、爪を使うのは普通の事だと考えます。

モダンギターの弦長が長く,重い楽器だと爪を使うのが,前提でギターも作られていると思います。

現在,19世紀ギターを作ってられる製作家の方はどちらで弾かれても、演奏できる楽器を
作られているように思いますが、モデルによって、また演奏家の依頼によって、
爪で弾くことを、前提に作ったり、指頭で弾くことを前提に作ったりされているのではないかと、
思います。

演奏される方が、どのような音楽を作りたいのか、それによってテンションのきつい弦を張られて、
爪を使って演奏されたり、緩いテンションでガット弦を張られて、指頭で演奏するとか
決められたら良いように思います。

どれが、正しくて,また当時はどうだったか?ということも大事でしょうが。

また、19世紀ギターのオリジナルの楽器に今作られているガット弦を張っても、当時の音とは
違うような気がします。

楽器は経年変化で、反応も良くなっているでしょうし、弦の製法も変わっているでしょうから。

私がガット弦をギターに張る場合は、主にハープ用の弦を張ります。コーティングされていて、
表面も滑らかで、湿度の影響も受けにくく、長持ちしますから。

イタリアのトロ社のギターの用のガット弦は、発売される前から,試させていただきましたが、
爪で弾くと、ハープの弦に比べると、雑音が出ていたように思います。

また、19世紀ギターの弦のテンションですが、モダンに比べて、テンションは低めの弦が
選ばれているように思います。

オリジナルの楽器で,経年変化で響板の強度は上がっていると思うのですが、その他の部分では
強度不足やコンディションの問題から、テンション低めの弦が選ばれているようです。

でも、モダンの楽器に比べると,響板の面積も小さく、強度はむしろモダンよりあると思います。
また、駒もリュートなどに比べると、はるかに接着面積も大きいですし、ブリッジピンの構造では
モダンよりも強度の問題はなさそうです。

特に、ウイーン型の楽器だと、ブリッジの下にバスバーが通っていますので、コントラギターのように
15弦も、16弦もある楽器でも、問題無いように、張力の大きい弦を張っても良さそうです。

ここで、誤解されそうなのですが、19世紀ギターにテンションの大きい弦を張ったほうが、
良さそうだと、言っているのではありません。

テンションの大きい弦を張っても良い楽器もあると、言いたかったのです。

モダンの方の先入観で、19世紀ギターというと、指頭でテンションの緩い楽器を
リュートのように弾くのが、一般的なので、私には合わないと思ってられる方に
そんな楽器ばかりではありませんので、と言いたかったのです。


私の手元に、たまたまあった現代ギターの 2004年10月号に 西川知日己さんが書かれた、
「19世紀ギターあれこれ」と言う記事があります。

そこで、西川さんが 19世紀ギターは当時むしろ、弦の張力は高かった、ということを
書かれています。

(この文章を読んで、オリジナルのギターを壊された方もいるという話も聞きましたが。)

その根拠に 1820年発行のアグアド教本に 弦のテンションは合計 80から90ポンド
と書かれている。当時のポンド換算すると、39キロから44キロになると、いうことです。

ポンド換算は当時のポンドを調べると、ほぼその値になります。

でも、アグアドさんはどこまで、弦の張力を知ってられたのでしょうか?

20世紀のラミレス3世さんが彼の著書「ラミレスが語るギターの世界」
の中で、日本語訳 167ページに 「弦によって生じる70キロに近い張力」
と書かれています。

翻訳で間違うような数字ではないと思います。ポンド換算も難しくありませんし。

現代のギター製作を代表するラミレスさんもギターの弦の張力は 
70キロ近いと思ってらしたのでしょうか?

簡単に計算も、測定も出来る現代ですらそうですから、アグアドさんの頃の
弦の張力は実際にアグアドさんが測った数字なのか?疑問が出ます。

そして、次の根拠が 当時は常識として、ギターの普及がさほど多くなかった時期にあって
高音用の3弦はヴァイリンの弦を流用することが一般的であった、と書かれています。

つまり、ギターの1弦はヴァイオリンの1弦を使う、2弦は同じように、ヴァイリンの2弦を
使ったとあります。

そして、当時ヴァイオリンの弦の中間的ゲージとして、0.68ミリの弦を
弦長630ミリ、ピッチをA=435として計算すると、テンションは8キロを超える、
これはアグアドの言っている合計と符合する、と書かれています。
私が計算しても 8,327キロになります。

でも、当時の弦は 以前のブログでも書かせていただいたように、
パガニーニさんの弦が1929年に書かれた、カールフレッシュさんのヴァイオリン奏法の
本の中に、当時の1弦をパガニーニさんは2弦に使っていた、そして3弦は当時の2弦が
使われていた、と書かれています。
パガニーニさんは1784年生まれ1840年没なので当時の弦と言ってよいと思います。

そして、1929年、当時の弦は1弦は 0.43ミリ(ガット)0.26ミリ(スティール)
2弦は 0.62ミリ(ガット)と書かれています。

これは、今の1弦が 0,62ミリ(ピラストロ社のコルダがそうです、
これはモダンヴァイオリン用のガット弦です)
サバレス社のバロックヴァイオリン用弦では、0.51ミリ、
イタリアのアキュラ社では ライト 0.54ミリ メディウム 0.58ミリ
へヴィー 0.62ミリです。
最近良く使われる、イタリア トロ社の弦では 1弦用に0.56ミリからメディウム0.60ミリ
最も太い弦で 0.68ミリです。

一般的には、標準は0.60ミリと言えると思います。と言うことは、1929年当時の
2弦が今の1弦に相当するわけです。

そうなると、パガニーニさんは今の1弦を3弦に使っていたということになります。
そして、パガニーニさんの1弦は強いより糸と同じようなものだったと書かれています。

西川さんが当時の弦の中間的な弦として、0.68ミリを使っているのは、
あまりにも太すぎると思います。

現代のバスバーも大きくなり、ハイテンションのスティール弦に対応出来る、
コンデションの楽器でも、0.60か0,62ミリなのですから。

パガニーニさんの頃まで戻らなくても、1929年当時の 1弦 0.43ミリで
計算すると ギターで 3.33キロ ヴァイオリンで 3.58キロにしかなりません。
1弦は普通少し高めのテンションですが、同じ張力としても、合計19,98キロ(ギター)
ヴァイオリン 14,32キロです。

カールフレッシュさんが間違っていたとして、現代のモダンヴァイリンの弦 
0.62ミリで計算すると、 6.92キロです。現代だと、
2弦以降はテンションが低くなりますから、ギターで合計30数キロでしょうか?


と、いろんなことを考えても 当時のギターの弦は一般的に
テンションが低かったように思います。







  1. 2013/07/15(月) 00:56:15|
  2. ギター
  3. | コメント:1

稲垣稔さんの訃報

もうご存知の方もいらっしゃると思いますが、

稲垣稔さんが6月26日に亡くなられました。

具合が悪いとは聞いていましたが、まだ、若いしまた元気に演奏してくれると思っていました。


稲垣さんとは、40年以上前ですが、私がギターを始めたころ、先生に習う以外にも、
自分たちで勉強できる場を作ろうと、明石に住んでいた友人と、ギターの研究会を作りました。

明石の市民会館の一室で、研究会をやっていると、当時中学生だった、稲垣さんがラミレスを持って
来られました。そして、大阪の近藤先生に習っています。ということで、素晴らしい演奏もしてくれました。

その後、高校を卒業すると、パリのコンセルバトワールに入学することになり、
私がその当時日仏協会の会員だったので、日仏協会に一緒に行って、
パリから帰ってきたばかりの人たちに切符の買い方から、
住むのにどんな注意が必要かなどを聞きました。

そして、ちょうど声楽家でコンセルバトワールを卒業したばかりの、会員がいましたので、
稲垣さんを紹介して、コンセルバトワールの話などを聞くようにしました。
その声楽家に、「こんどギターでコンセルバトワールに行く子がいるので、
いろいろと相談に乗ってほしい」と言うと、「私の学校にギター科なんかありました?」
という返事でした。

でも、彼が入学するとすぐ、全学生の中で、実技はトップだったと言う話を聞きました。


そのあと、40数年前、私が始めてヨーロッパに行った時、1週間ほどパリにいましたが、
当時、エコール・ノルマルの学生だった、福田進一さんと稲垣さんに1日交代で案内してもらいました。

稲垣さんには、コンセルバトワールの楽器博物館に行きたいというと、
「うちの学校に博物館などありました?」という返事だったのですが、
連れて行ってもらって、私がそのモデルで作っている、
ヘンリー・ジェイのガンバのオリジナル見る事ができました。

その後は、留学から帰ってきた、記念コンサートとか、演奏会であって話をする程度になりました。

最後に合ったのは、5年ほど前に、加古川で友人達の演奏会のゲストで来ていた時でした。

その時は,まだギターを作っていなかったので、お弟子さんの19世紀ギターを持って行きました。

そうすると、「19世紀ギターは弾かないから、モダンギターを作ったら見せて」
と言われました。

機会があれば、持って行こうとしていたのですが、結局見てもらうことは出来なくなりました。

最後に,稲垣さんに哀悼の意を表して,終わらせていただきます。



  1. 2013/07/01(月) 01:10:24|
  2. ギター
  3. | コメント:1

プロフィール

kogakki

Author:kogakki
ヴィオラ・ダ・ガンバ、リュート、チェンバロ
と言った、古楽器を仕事として製作して
30年以上になりました。

最近はギターに興味を持っています。
最初に作った楽器は、ギターです。
昭和42年でした。 18歳の時です。

古楽器製作家 平山 照秋 

最新記事

最新コメント

月別の記事です

カテゴリ

ギター (339)
演奏会 (10)
その他 (21)

私へのメールはこちらから

名前:
メール:
件名:
本文:

訪れてくださった方々

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR